36 / 65
22
「密は寝顔も可愛いんだな」
もうそれ以上は言わないで下さい。
優しい笑みで告げられた言葉に俺は狼狽えるしかなくて、益々熱くなる顔に俯いてしまう。
と、不意に片方の手の中にある固い感触に、自分が鍵を握ったままであることを思い出す。
我ながらまるで幼い子供みたいで、郁也さんに知られないよう握ったままでいることにした。
「行こう」
「ありがとうございます」
差し出された手を、空いた手で取る。ベットから降りた。
郁也さんと一緒に家を出て駐車場に向かい、車で目的地へと向かった。
「食事はフレンチでも問題なかっただろうか?」
「大丈夫です。本当になんでも好きなので」
「そうか、安心した」
俺が庶民すぎるんだろうが、フレンチという言葉の響きが高級感溢れて思える。
俺、お金払えるのかな……。
細々と貯金もしてきているが、悲しいけどそんなにない。
念のため、お金を確認してポケットに突っ込んだ財布はあまりに頼りない。あの時、眠らずに銀行にお金を引き出しに行けば良かったかなと、少し後悔する。
「......郁也さんは食事は外食が多いんでしょうか?」
「仕事の関係で外食は多いが、プライベートで利用することはない」
意外だった。多忙に思える郁也さんはやはり、手軽に食事が済んで片付けもしないで済む外食が多いのかと、勝手に思っていた。
「そうなんですね。じゃあ、食事は家で?」
「いや……携帯食等、簡易的に食べられるものを車での移動中に摂取している」
「ずっとですか......?」
「ああ」
今まで生きてきたのが不思議になるくらい、まさかの食事事情に言葉が出てこない。
以前、公園で話した時に食事は死なない程度にとっていれば良いとは言っていたのは本当だったのだろう。
「だが、今後密が作ってくれる食事はなにがあろうととるつもりだ。心配をさせてすまない」
俺が心配なのは郁也さんの身体なのだが、どうやら勘違いしているらしい。
本当に心配だ。たぶん、仕事が忙しいんだろうが。
「俺、郁也さんのお口に合うようなご飯頑張って作りますね」
「密が用意してくれるものならなんでも構わない。ありがとう」
確かに、郁也さんはたとえ口に合わない物でも食べてくれそうな気がする……。
「あの、でももし嫌いなものとかあったらなんでも教えてくださいね?」
「ありがとう。密は優しいな」
優しいのは、絶対に郁也さんの方だ。
これはもう、自分で郁也さんを観察して気づくしかない気がする。
ともだちにシェアしよう!