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「明日の朝食はなくて構わない」と告げた郁也さんに、まるで大変な大仕事をようやく切りぬけたような達成感と疲労感を感じながら、振り絞った気力で返事をして頭を下げ、部屋へと戻った。 ふらふらとする足でベッドへと向かい、思いっきり正面からベッドに倒れ込む。肌触りの良い感触と清潔なシーツの匂いがした。途端、腹の底からため息が零れ出る。まだ顔が火照っている気がした。 「誰か俺に恥ずかしくならない方法を教えてくれ……」 郁也さんに喜んでほしい一心で習慣を受け入れると大見得を切ったが、一度きりでこんなにも激しく羞恥心に震えてしまうのだから、今後心臓が耐え切れそうになくて不安になってしまう。 ……そういえば、あの時は余裕がなかったから流してしまったが、郁也さんに弟さんがいるのは初めて知った。だが、面倒見の良さと優しさがそこからきているのだと思うと納得ができる。 挨拶のキスは家の習慣だと話していたから、郁也さんは弟さんにも挨拶にキスをしているのだろう。仲が良いんだろうなと、一人っ子の身として羨ましくなる。 「弟がいるのはどんな気持ちなんだろう……」 やっぱり、守ったり面倒を見る対象がいるから、郁也さんのように責任感のある立派な人間になるんだろうなと思った。 昔はよく、兄弟がいる人の話を聞く度に微笑ましくなり、羨ましくなると同時に寂しくもなった。血が繋がった相手ではなくても、一人の時間が長い家で傍にいてくれる人が欲しかったからだ。 「メール確認しよう」 蘇りそうになった嫌な気持ちに考えるのを止める。気がつけば熱も引いていて、体を起こして郁也さんが言っていたメールを確認するため、机の前の椅子に座ってパソコンと向き合う。 電源を立ち上げればパスワードは掛かっていなくて、簡単な操作でメイン画面が開く。操作をしてメールを開けば、聞いていた通り件名に『社長のスケジュールです』と書かれた一通のメールがあった。 クリックして開く。すると、初めましてという言葉に続いて、短く、だが丁寧に、郁也さんの秘書である肩書と田村稔という名前の自己紹介からメールは始まっていた。 「返信しなくて本当に良いのかな……」 郁也さんは不要だと言っていたが、丁寧で流麗な文章と、家政婦としての仕事の手助けをしてもらっているのだと思うと一方的に受信するだけでは申し訳なく思ってしまう。 悩みながら、下記から社長、郁也さんの事だ。スケジュールという文に、下にスクロールする。すると、事細かく分刻みにぎっちりと詰められたスケジュールに愕然と言葉を失くす。 郁也さんが朝食はいらないと言った理由が分かった気がした。スケジュールは朝の五時には始まっていて、それからは怒涛の一日だ。食事を食べている余裕などない。絶対に、郁也さんの食事事情はここからきていると確信する。 ――郁也さんこのままじゃ死んでしまうんじゃないだろうか。 スケジュールを見るだけでも血の気が引く光景に背筋が寒くなる。脳裏に浮かぶ可能性は否定しきれなくて固まってしまう。 「……お弁当、お弁当にしよう!」 郁也さんが片手で食べられるような手軽さのある内容で作れば、移動中でも食事は可能な筈だ。 そうと決めたら、残された時間が短いというのもあってすぐに行動を開始することにした。本棚にある料理本やスマホを駆使して、郁也さんに合うお弁当の献立を練り込んだ。

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