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土砂降りの悪天候の日に、深夜の居酒屋に寄って来る物好きな客すらいない店内には、天井から響く雨音のBGMが止むことなく流れている。 亜門さんに限っては、猫背を更に丸めて大きな欠伸を繰り返して気怠そうに立っている。まだ壁に寄りかかって寝ていないだけまともだと思える姿だ。 だが、そんな亜門さんを俺も非難できるほど、仕事に集中できていなかった。それどころか、早く帰宅して郁也さんの帰宅のタイミングを逃さないために玄関に構えていたいのだ。 ――初日の初っ端の失敗から、なんとか家事をこなしながらもう二週間が経った。なのに一度も郁也さんに会っていない。それどころかいつ帰宅しているのかすらわからない状況だ。 秘書である田村さんからは毎日細かなスケジュールが書かれたメールが送られてきており、やはりお礼の返信もしていた。 郁也さんとはメモ紙やスマホのメール等で短いやりとりをすることはあるが、それだけだ。声どころか姿すら見ていない。 お弁当やラップをしてテーブルに用意していたご飯はなくなっていたり、キッチンに皿が出されていたりするのだが、田村さんからもらったスケジュールで何度タイミングを計ろうとも郁也さんと会えないのだ。 仕事中だということを忘れて大きなため息が出る。 「仕事で家にいないってこういう事だったんだな……」 「彼女にでも振られたのか?」 いつもは他人の事に口を挟まないどころか興味すら示さない亜門さんには珍しく声を掛けられて、一瞬聞き間違えかと思ってしまう。ひとまず視線だけを向ければ、気のせいじゃなかったらしい。 きっと暇なんだと思う。半分瞼が閉じた眠たそうな気怠い瞳と視線がかち合って、返事を促すように「ん」と亜門さんが喉を鳴らす。 「俺彼女いないので、振られたわけじゃないです」 まさか、ここでプロポーズをしてきた相手の家で家政婦を務めていて、その上同居しているなんて説明できるわけがなく、ひとまず質問に答える。 すると、亜門さんは怪訝そうに眉を顰める。じっと見つめられ、それが疑問に対する返事を求めている事だと付き合いで察してはいるが、何に対してなのか分からず首をかしげる。 「最近のお前、随分機嫌が良かったから彼女できたと思ってた」 暫しの見つめ合いの末、仕方がなさそうにため息を吐くと、渋々といった感じで一言喋るだけでも億劫そうな声で説明してくれる。 まさか、他人に興味がない亜門さんにも分かる程態度に出ていたとは思わず恥ずかしくなる。慌てて首を振った。 「ち、違いますよ!少し良いことがあったので……でも彼女ができたわけではないです!」 「あ?じゃあなんで?」 「それは、その……問題も抱えてしまって……」 言いながら落ち込んでしまい、声が自然と沈んだ小さいものになる。思わずまたため息を吐いてしまった俺に、亜門さんは何かを察したように視線を逸らす。その顔にはありありと面倒事はごめんだと書いてある。亜門さんらしい。

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