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「じゃあ、彼女の事だとします。亜門さんはどんなにタイミングを合わせても彼女に会えない場合はどうしますか?」 普段他人の事に興味がない亜門さんが話を聞いてくれるかもしれない貴重な機会だ。 郁也さんと俺はそんな関係ではないが、亜門さんから振ってきた彼女の例え話にしてみればまだ聞いてくれるかもしれない。せっかくだと思い、話題を少し変えてみる。 すると、一度逸れた視線が戻ってきてくれた。代わりに、俺に聞くなと言わんばかりの不快そうな表情が浮かんでいたが。いや、きっとそうだ。 「……会えないんだろ、だったら待つしかねえな」 「やっぱりそうですよね」 そもそも俺と郁也さんはただの仕事上の関係だ。 誰かと初めて温かな家庭のような気分を味わえるかもしれないと少し期待していただけに残念ではあるが、やはり諦めるしかないだろう。 「会いたいって言ったのか?」 「え?」 「そんなに待つのが嫌で会いたいなら自分で会いに行くか、会いたいって伝えたら?案外、待たれてるかもしれねえだろ」 めんどくさがり屋で、絶対に自分から動くことを嫌いそうな亜門さんの意外な言葉に驚いてしまう。 すると、失礼な事を思った事がバレたのだろう。頭を思いのほか強く叩かれて乾いた笑い声を零して誤魔化す。 「お前、変なやつには捕まんなよ」 まるで見透かすようにじっと見つめられドキリとなる。郁也さんは変な人ではないが、あの時庇ってくれた亜門さんには後ろめたい。 「流星に心配されたら逆に心配になるよね」 入店音に振り向けば、全身ぐっしょりと濡れた奥宮空《おくみやそら》先輩がいた。同じくここで働いていて、人当たりが良く明るい性格をしている。俺の研修をしてくれたのも奥宮先輩だ。 正反対そうな亜門さんの幼馴染でもあり、亜門さんをこの職場に誘ったのも奥宮先輩らしい。綺麗な睫毛に縁取られた、女性のように大きな丸い瞳と、形の良い小ぶりな薄い桃色の唇。 肩につく程度の黒髪からは雨の雫が伝い、華奢な体をすっぽりと覆う大き目の服装はゆったりとしていて、性別を知らなければ勘違いしてしまう。 「お疲れ様。やっぱり今日は暇みたいだね」 「お疲れ様です奥宮さん!大丈夫ですか?」 「うん、大丈夫。出かけてたらいきなり振り出してきて……なんとかコンビニでタオルと傘は買えたんだけどね」 言葉の通り、奥宮さんの手には雨に濡れた傘とコンビニの袋がある。 「帰り道にここが近かったから、ご飯も食べるついでに少し雨宿りしようと思って。床濡らしてごめんね。自分で拭くから気にしないで」 「大丈夫ですよ、気にしないでください。丁度暇だったので、ついでに掃除しようと思います。奥宮さんはゆっくりしてくださいね」 「ごめんね。でもやっぱり―」 奥宮さんが何かを言いかけた時だった。横から動く気配がしたと思うと、無言で奥宮さんに近づいた亜門さんが強引に近くのテーブル席に座らせる。 「痛いよ流星」 一瞬だけ驚いた顔をした後に笑う奥宮さんには何も答えず、亜門さんは奥宮さんの手からコンビニ袋を奪うとタオルを開封して、見るからに乱暴な動作で奥宮さんの頭をゴシゴシと拭っている。 「いた……っ、いたいって流星。もう少し優しくしてほしいな」 文句を言いながらも奥宮さんは笑っていて、慣れた様子で大して気にしていないようだった。

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