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ひゅっと、か細い息が漏れる。喉が締め上げられているような圧迫感に俯き、喉を押さえる。呼吸ができず酸素が足りないせいで頭の中がぼんやりと霞み始める。
やばい――本能が警笛を鳴らした時には遅かった。息ができないのに、はあはあと繰り返す息は荒く、ぐらりと眩暈がする。手から傘が滑り落ちる瞬間だった。
「密!ゆっくり息をするんだ!」
「--っ!」
力強く傘ごと手を握られたかと思うと、抱きしめられる。雨の匂いに混じり、優しい石鹸の香りが鼻孔を掠めた瞬間、不思議なくらい安堵感が込み上げた。涙がボロボロと零れる。
「もう大丈夫だ。君を一人にしてすまない。大丈夫だ密」
何度も大丈夫と繰り返され、宥めるように優しく頭を撫でられる。頭の中はぼんやりとして何も考えられないのに、力強い声だけは耳に心地よく響いて入ってくる。
声に合わせて、懸命に意識をしながらゆっくりと呼吸を繰り返す。すると、次第に呼吸が落ち着き、身体の倦怠感はあったがそれでも危機からは脱した。
「いい子だ。ご褒美にこれをあげよう」
「ん……」
口を開けてくれと言われてぼんやりとしながら素直に従えば、口の中に丸い何かが入れられる。甘く林檎の味がする飴玉で、心が安らいでいく。
舌で飴玉を転がしながらぼんやりとしていたが、完全に落ち着いた瞬間、自分が置かれている状況に気づいてはっと我に返る。思わずぽろりと飴玉を落としそうになりながら、呆然と顔を上げた。
「どうして、郁也さんがここに……?」
「天気が酷かった為、密を迎えに来た。君が今日仕事に出ているのは田村に聞いて知っていた。密が田村にスケジュールを渡していてくれたおかげだ。話の続きは車内でしよう。雨が酷い」
郁也さんの言う通り、俺だけが一方的に知っているのではなく互いにスケジュールを把握していた方が色々と都合が良いのではないかと田村さんからの提案で、俺のスケジュールも田村さんを通じて郁也さんに伝えていた。
肩に手を添えられ、気怠い身体を支えられるようにして近くに停まっていた郁也さんの車へと乗りこむ。
運転席に座る郁也さんはモニターの電源を入れ、すぐにニュース番組が流れ始める。次に郁也さんは後部座席へと振り返り腕を伸ばすと、手に取ったブランケットを俺に差し出してくれる。
「暖房だけでは寒いだろう、羽織ってくれ。可能な限りのスピードで家に向かう。すまないが少しだけ我慢してほしい。なるべく外は意識せず、モニターに集中するんだ。チャンネルは密の好きに変えてくれ」
全部自分の為にしてくれたのだと分かり、目頭が熱くなる。
真剣な目を向けて「わかったか?」と聞いてくれる郁也さんに頷いて、受け取ったブランケットに身を包んだ。身体が冷えていたこともあり、包まれている安堵感と温かさにほっと息を吐く。
口の中にはまだ飴玉が残っていて、気を抜けば泣きそうになりながら大事に舐める。
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