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「俺と同じ気持ちだと知れて嬉しい。食事に行った時にも伝えたが、気遣いは無用だ。君から求めてもらえることを俺は邪魔だとは思わない。今まで密を疎かにし真実味が欠けるだろうが、俺は密の事を家族同様に大切に思っている」 「--っ」 目の奥が熱くなる。きゅっと唇を引き結んで声を堪えると、ふるふると唇が震えてしまう。 我慢の限界だった。せめて涙を隠そうと顔を俯かせようとすれば、右手を握られ目を瞠る。不意打ちにぽろりと涙が零れた。堰を切った涙は止まらず勢いを増してしまう。 「ご、ごめんなさい……っ」 最早泣いている事を郁也さんに隠すのは無理だと悟り、嗚咽を堪えながら咄嗟に謝る。今までずっと我慢して仕方がないと諦めていたのに、郁也さん相手だとまた欲が出てきてしまう。 孤独がずっと怖かった。一度でいい誰かに愛されたい。だが他人には重たいだけのそれを隠しても、今まで付き合った女性には容易く見抜かれてしまうのか上手くいかなかった。 何度も泣きじゃくる本音に諦めろと言い聞かせても、ふとした瞬間に人の温もりを求めてしまう。 「俺……小さい頃に母さんが死んで、父親には嫌われていました。家に帰って来てくれる事もなくてずっと一人きりで……雷がトラウマなんです。母さんが亡くなった時に父親に泣きながら縋りついたら、触らないでくれって突き放された時に響いていた雷の音がどうしても忘れられなくて……音を聞くだけで過呼吸になってしまうんです」 何も言わずにいる郁也さんが俺の言葉を待ってくれている気がして、もう誤魔化せる気もしなくてゆっくりと嗚咽混じりに喋る。 元々、生真面目で仕事人間の厳格な父親は笑うことはなく、覚えているのはよく笑っていた母親の横で対照的に無表情な顔をした父親の顔だ。抱いてもらったこともなく、言葉を掛けられたことも思い出せないぐらい酷薄な関係だった。 俺に興味がなかったのだと思う。母親が死んでからは姿を見ることもなく、保護者が必要な書類に必要事項を記載をしてもらう時も父親の勤めている会社に事情を話してお邪魔をさせてもらって、僅かな時間を割いてもらったぐらいだった。 雷の音を聞くと、まるでこの世に生まれたことを責め立てられ、罪人のように締め上げられているような気分になる。 「だから……郁也さんが言ってくれたりしてくれる事全部嬉しくて、俺本当に感謝しています」 その時だった。突然車が道の脇に停車する。シートベルトを外す音に、気分を悪くしてしまっただろうかと不安になりながら振り返れば、真っ直ぐに向けられていた真剣な目に息を呑む。 両手をとられ、包み込むように握られた。伝わってくる熱が染み込むように握られた部分が熱い。 「密。やはり俺は君のことが好きだ。俺と家族になってくれないか?」 突然の告白に一瞬頭が真っ白になる。かああっと一気に熱が込み上げ、全身が熱くなる。 居酒屋のバイト中にプロポーズされた事を思い出すが、あの時のように咄嗟に誤魔化せる気も断れる気も全くせず、それどころか郁也さんの告白が嬉しいと感じている自分に驚く。 家族に――そう思うと、胸が高鳴った。だがそれ以上に、郁也さんと家族になれるのだと想像してしまった瞬間、激しく鼓動が打つ。今まで告白された事はあってもこんなにも喜びに胸が満たされる事は始めてだった。 「俺、重たいですよ……っ?」 「俺は密よりも重たい。それに密からの愛ならば俺はどんなものだろうが嬉しい」 一番の不安に即答された言葉に息を呑む。胸が苦しいくらいに締め付けられ、一層涙が溢れた。気持ちは考えるよりも明らかだった。 最初にプロポーズされた時には困惑しかなかったというのに、郁也さんと過ごした僅かな時間で大きな変化を遂げていた。 「俺も、郁也さんと家族になれたら嬉しいです……っ」 「ありがとう。密、好きだ」 郁也さんが身体を伸ばし、俺の頬に触れる。優しく顔を上げられ、近づいてくる端正な顔にそっと瞼を閉じた。唇に触れた柔らかな感触に、胸が温かく満たされていく。 幸福感にもう外の事なんて気にならず、モニターから流れてくるニュースキャスターの声すらぼんやりと霞んでいた。

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