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エレベーターが最上階に到着し、風宮さんと家の中に入る。
風宮さんに先にリビングのソファーで寛いで待っていてほしいと告げ、郁也さんの衣服が入った布袋を一旦、郁也さんの部屋の中の扉付近に置いておく。
リビングへと戻り、ソファーに座って待っていてくれている風宮さんに声を掛ける。
「風宮さんは紅茶で大丈夫でしょうか?お茶や珈琲もあるので、お好きなものをおっしゃってくださいね」
「ありがとう。じゃあ、紅茶でお願いするよ」
「わかりました。すぐにお持ちしますね」
部屋を出る前に事前にお湯で温めていたカップに、やかんのお湯をカップに注ぐ。キッチンの戸棚から紅茶の箱を取り出し、ティーバッグ一袋を縁から滑らせるように静かに入れる。
後はカップと一緒に用意していた小さな受け皿でカップに蓋をして、パッケージに掛かれている抽出時間まで置いておく。
その間、せっかくだからと羽部さんに頂いたクッキーをお茶菓子に出すことにし、盛り付けるために丁度良いお皿を取り出す。
引き出しから取り出した繊細な透かし模様のレースペーパーをお皿に敷き、その上にクッキーを盛り付ければ、簡単な手間だけでお洒落に見える。
来客をもてなす機会もあるかもしれないと思いネットで調べたり、羽部さんに教えてもらった簡単にできるお洒落な盛り付けのやり方だ。
「生活感のない時を知っているせいか、食器の音が聞こえるだけでとても新鮮な気分だよ。まるで新婚さんの家にお邪魔をしている気持ちになる」
「え……!」
不意打ちに鼓動が飛び跳ねる。郁也さんと恋人になったばかりというのもあって、新婚という言葉を意識して顔が熱くなってしまう。
狼狽えていれば、振り向いた風宮さんは楽し気に笑う。
「顔が真っ赤で可愛いね。本当に、新妻におもてなししてもらっているような気持ちになるよ」
もしかして風宮さんは郁也さんと俺の関係を知っているのではないかと思う。益々顔が熱くなるのを感じながら、言葉に詰まってしまう。
「だから、まるでいけないことをしているみたいだね。二人きりで」
「い、いけないことですか……?」
冗談だと分かっているのに、甘い声に迫力めいたものを感じて、胸がざわりとする。まるで本当にいけない事をしているかのような奇妙な緊張感に背筋が強張る。
微笑みながら無言で近づいてくる風宮さんに、胸が騒めくような艶と底知れない威圧感を感じて、思わずじりっと後ずさる。
まるで捕食される前の動物になった錯覚がした。
「か、風宮さん……?」
「佐々木君、可愛いね。もしかして私に食べられると思ってる?」
目の前に立つ風宮さんに顔を覗き込まれ、真っ直ぐに注がれた甘い視線を受け止めきれず目を泳がせる。楽し気に笑う風宮さんに耳元で低く囁かれ、揶揄われているのだと分かっていても甘い声にビクリと反応してしまう。
まるで本当に、浮気でもしているかのような変な気分になる。
悪い事をしているようで胸が疼く。だが郁也さんの幼馴染でただ揶揄っているだけの風宮さんを突き飛ばすわけにもいかず、追い詰められているような心地に泣きそうになっていた時だった。
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