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第11話

 先生の部屋番号が六〇三号室だとわかった。ひとりではエレベーターホールを通れないから、他の階の住人や宅配業者が来るのを待った。  僕が先生の部屋を訪ねたいと思い立ち、マンションの近くで張りこむようになって四日目の夜。時刻は十一時頃。寒さに震え諦めかけていたそのとき、何と先生本人が現れた。  コンビニ帰りだろうか。小さなビニール袋を片手に、寒々しい空の下をひとりで歩いている。絶好の機会だ。僕は先生の後ろを一定の距離を保ちつつ、かつ不審に思われないような速度で追いかける。  先生は郵便物を確認することなく、まっすぐにエレベーターホールへ足を運ぶ。一度周囲を確認するような素振りを見せたが、彼の視界に僕が映ることはなかった。  他の住人と交流がないのか、僕が先生と共にガラス扉をくぐっても、追跡者が僕だと気づくことはなかった。エレベーターを待つ時間がとてつもなく長く感じた。僕は早く先生とふたりきりになりたかった。 「何階ですか?」  言葉で尋ねながらも僕はすでに六のボタンを押していた。先生の視界に僕が映ったのはエレベーターのドアがすっかり閉まりきった後だった。 「…………どうして」  僕とふたりきりになった衝撃だろうか。先生は持っていたビニール袋を落としてしまった。僕が優しく拾い上げると、先生は無言で僕の行いを拒絶した。しかたなく袋は僕が持つことにした。  目的の階まではあっという間に着いてしまった。僕が開ボタンを押し続けても、なかなか先生はエレベーターから降りてくれない。 「寒いですよね? 早く部屋に入りましょう。凍えてしまいますよ」 「私に付きまとうなと言っただろう……っ、どうしてこんなことをするんだ!」 「僕はあなたのファンで――」 「君はただのストーカーだ!」  どこかでうっすらと自覚し始めていた名称をはっきりと言い渡されて、僕はやけになった。座りこんでいる先生の腕を取り、無理やり立ち上がらせた。自分でもどこからこんな力が出せるのか不思議になるくらいだ。  恐怖で固まっているのか気恥ずかしさがあるのか、先生が大声を上げるようなことはなかった。  六〇三号室の前に着くと、僕は先生に鍵を開けるように促した。先生は拒んだが僕が彼に対して威圧的な姿勢を取ると、震える手で鍵を取り出し始めた。  ドアが開くと同時に僕は先生から鍵を奪い取り、そのままふたりで部屋に転がりこんだ。僕と先生とでは体格差はさほど変わらないが、僕には若さと情熱があった。先生に覆いかぶさるようにして押し倒すと、身の危険を感じたのか、ついに大声で助けを呼び始めた。 「よせっ、私から離れろっ――んんっ!」  僕は先生の唇に自らのものを重ね合わせた。キスすること自体初めての経験だ。先生の小説にも書いてあった通り、ねっとりと甘いイチジクのような口づけを意識した。  僕の下の先生はのしかかれていることと呼吸を塞がれていることとが災いし、僕に対して強い抵抗をしてきた。僕に塞がれた唇を引きはがそうと、僕の顔を引っかき、手足をばたばたと暴れさせ、僕という障害を弾き飛ばそうとした。  僕は先生を落ち着かせようと、より深く濃厚なキスを試みたが、先生に舌先を噛みつかれ、思わずひるんでしまった。  先生はその隙に僕から逃げ出し、少しでも僕から遠ざかろうと部屋の奥へと這っていく。僕は急いで後を追い、弱々しく動く背中に飛びついた。 「どうして僕から逃げようとするんです?」

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