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第12話

 先生の抵抗を抑えようと、僕は背後から両腕を回し、先生の首を絞める。海老反りになった先生は激しく抵抗したものの、数秒のうちに弱まっていった。 「僕から逃げないでください、先生。僕は先生のことが大好きなんです。僕のことをもっと先生に知ってほしいし、僕も先生のことをもっと知りたい。先生、お願いします。僕を遠ざけないで。僕はただひとりの先生のファンなんです。僕は――」  僕は、と続けようとした矢先、先生の部屋の違和感に気がついた。  がらんどう。  まったく物がないわけではない。空間がからっぽに見えたのだ。敷布団に座卓、煩雑に積み上げられた洗濯物。そして壁際に寄せられた段ボール箱の山。梱包材、ガムテープ、ビニール紐。 「まさか引っ越すつもりだったんですか」 「……き、君には関係ないだろう」  先生の声は掠れていたが、それすらも今の僕には煩わしく聞こえる。一度先生の上から退き、視界に入ったガムテープを手に取り、今度は先生の身体を仰向けにして胸の上を陣取った。  僕の意図を読み取ったであろう先生はふるふるとかぶりを振り、泣き言を連ねる。怯える先生の姿を見て、とてつもなく興奮している自分を抑えきれそうもない。しかし僕にはやらなければならない使命がある。 「あなたを傷つけるようなことはしません」  僕は先生の整った顔が見えなくなるほどガムテープで口を覆い、それから手足を固く縛り上げた。見てくれは不格好だが、先生をこの場に留めておくのには充分だ。  フローリングに寝かせたままでは身体が辛そうだったから、僕は先生を布団まで運んだ。僕を見上げる先生の瞳には恐怖の色が宿っていたが、僕は手早く部屋の中を物色した。  目当てのものはすぐに見つかった。几帳面だかいい加減だかわからないが、『本』と書かれた段ボールを開けると、その中には大量の文庫本が収まっていた。文芸作家・緋室一久ではない、ラノベ作家名義の大量の献本だ。  『本』と書かれた段ボールは計三箱あったが、中身はすべて厳格な先生には不釣り合いな華美で軽薄な本ばかりであった。  僕の敬愛する緋室名義の作品は一冊も見当たらなかった。あれだけ買い占めていたのに、どこにあるんだろう。まさか買い占めるだけ買い占めて処分してしまったのだろうか。まさに自主回収。  最悪だ。認めたくなかった現実をまざまざと見せつけられる。目の前にいる男は、僕の好きだった先生は、僕の最も嫌悪するジャンルの本で生計を立てている。僕は先生じゃない先生の本を段ボールから取り出し、怒りにまかせて投げ散らかした。 「こんなの先生じゃないっ!」  何冊か投げたうちの一部は先生に当たったが、僕の苛立ちは一向に収まらない。 「こんなの先生じゃない! 先生の作品はもっと崇高な書物であるべきだ! こんなの先生じゃない! こんなの先生じゃない! こんなの先生じゃない!」  僕はついに段ボールを箱ごと持ち上げ、中身を真っ逆さまに先生の上に落とした。はたから見たら滑稽な行いだろうが、先生への苛立ちをぶつけると同時に、心のどこかで先生を汚いもので覆いつくしてしまいたいという加虐心もあった。 「ほら見てくださいよ。見るまでもないですがね、あなたが書いた本だから。どうしてこうも薄っぺらいんですか。ねえ、見えるでしょう? 僕はあなたの作品を読んで人生が変わった。僕の人生に影響を与えた、僕が誰よりも敬愛するあなたが、こんな軽薄で内容もない作品を書かされたなんて我慢ならない。もしかして自ら望んで筆を執ったわけじゃないですよね。そういった経緯なら――僕はあなたを軽蔑します」

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