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第14話
◇
――なあ、シン。君をシンと呼んでも良いだろうか。
ぼくは隣に横たわる彼女、若しくは彼に訊いた。湯上りで火照った肢体と濡れ烏のような黒髪がぼくの秘められた欲望に火を灯し始める。
「私、男の人は初めてなのです」
シンはぼくと目を合わさずに云った。
「ならどうして君はぼくを誘ったのだい?」
「貴方がとても寂しそうに見えたから……」
白磁の人形のような艶やかな肌がぼくを虜にしていく。編集に見放され、途方に暮れて下町を歩いていたぼくが彼女、若しくは彼に出逢ったのは、ただの偶然だったかもしれない。
シンは雨空の下、傘も差さずに、地面にできた水溜まりをじいっと眺めていた。美しい顔に醜い青痣が浮かんでいると気づいたのは、ぼくがシンに声を掛けようと近づいたときだ。
このまま放っておいたら彼女、若しくは彼がどこかの河に飛び込んで溺れてしまうのではないか。
ついさっきまで、ぼくは多くの人間に見放されてきた。このまま世界が終わってしまえばいいとさえ思った。にも拘わらず、ぼくは初めて出逢ったシンに猛烈に惹かれた。
「貴方は作家さん? どこかで見た顔だと思っていたの。私は本が大好き。もちろん貴方の本も」
「ぼくは作家なんかじゃあない。ぼくの名前で世に回っているものは全て駄作だ。あれは本当のぼくじゃあないのだ」
「本当の貴方が知りたいの」
シンはぼくの手を取り、自らの下肢にあてがう。可憐な容姿から想像しがたいが、ぼくと同じ性器が彼にもあった。
「これが本当の私……」
重ねられた唇はイチジクのようにねっとりと甘い。ぼくはシンが男だろうが女だろうが気にならなくなってきた。
ぼくは隣でぼくを愛そうとしてくれる彼女、若しくは彼の期待に応えようと思った。シンに馬乗りになり、乳首を齧ると、鈴を転がしたような嬌声がこぼれた。
「男は初めてって本当かい? とてもそうは思えないな」
「はァん……っ、ああ先生、もっと酷くして……」
シンの身体には複数個所に手酷く扱われた痕が残っている。胸を愛撫しながら試しに性器を強く握ってみると、シンは華奢な身体を歪ませ、もっと、もっととぼくを煽った。
「もっと酷くして……先生、お願い、私を壊して……っ」
シンの肉体は激しくぼくを誘った。ぼくだって男は初めてだ。けれど、シンがぼくを求めているのならば何をしても赦される気がしてきた。
「ああ先生、愛している……もっと、もっと私を犯して……」
「シン……っ、ああどうしよう、ぼくは我慢できない。君はぼくがこれまで出逢った誰よりも美しくて――そして淫靡だ」
ぼくらがひとつになるまで時間がかかったが、シンは全身のすべてを使ってぼくを愉しませた。普段は嫌悪するであろう汗の臭いすらもぼくの鼻腔をくすぐらせる。
ぼくが彼女、若しくは彼の首に手をかけても、シンは妖しく微笑むだけだった。
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