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第15話
「……痛かったかい? ごめんよ、ぼくは自分を抑えられなかった」
「このまま壊してもいいのに」
「ぼくはどうしたらいいのだ?」
「うふふ。貴方の手、とても良い匂いがするの。これは墨の香りかしらん。人を惑わせる匂いをしている。まるで貴方みたいに」
「ただの職業病だ。気をつけていても擦れてしまうからね。それに初稿は手で書くものだと思っているし、ぼくのゲン担ぎのようなものだから」
「やっぱり作家さんなのね。素敵。ここでお別れなのも寂しいし、ねえ先生。よかったら私を題材にして小説を書いてくださらない?」
「……無理だ。出版社の人間と喧嘩して、ぼくはすっかりお払い箱になってしまった。新作を書く余裕もないし、書いたところで、一度干された人間の小説なんてどこの出版社も読んでくれないだろう」
「世に出せとは言わない。たとえば、私だけの本を……だめ?」
「はは、考えておくさ」
布団から出た僕は眠気覚ましに風呂に入った。衝撃の出逢いから彼女、若しくは彼と身体を合わせてしまった。ぼくは肉欲が薄い性分だったはずなのに。シンに対しては、あまりに彼女、若しくは彼が求めるから過激な夜にしてしまった。
風呂から上がると、シンは本棚を物色していた。本棚にはぼくの著書が数冊、献本でもらった他作家の献本と、あとは資料集めの際に大量に購入した専門書等が整頓されずに片っ端から並べられている。シンはとある本に目を留めた。
「何、この『淫靡な貴方』って。驚いた。貴方らしくない。この本はどうしたの?」
僕は着衣を整えながらシンに云った。
「お蔵入りになったけど、特別に一冊だけで作ってもらった本だ。君だけに真実を話すと、本当は登場人物が女だろうが男だろうが関係なく、性欲に溺れてぐちゃぐちゃになっていく過激な話が書きたい。でもぼくは思ったんだ。シン、君が僕の傍から離れないなら、『淫靡な貴方』の主人公を君にして、一から書き直したい。駄目かなあ」
「考えてもいいけど――条件があるの」
「条件? なんだい?」
「うふふ」
シンは乙女のように慎ましやかに笑うだけだが、やがて、服を脱いでほしいとぼくに云った。
「ええ、そんな、風呂に入ったばかりですよ。もっとしたいのですか?」
「私をもう一度手酷く犯してくれたら……そのときは貴方の言う通りにするわ、先生」
「本当かい? ありがとうシン。君のおかげで、もう一度筆を執ろうと意欲が沸いたよ」
「私も先生の作品を早く読みたいの……ねえ、突っ立ってないで早く来て頂戴。私の身体は、まだこんなもんじゃないですよ」
「君は本当に不思議な子だ」
「本当の顔を見せているのは貴方だけですよ、先生」
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