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第17話

「なあ、シン。ぼくらは一緒になるべきだ。逢ったばかりなのに、ぼくは君が愛おしくてしょうがない。君が望むのなら、生涯を共に過ごしたいとさえ思っているのだ。だから――――」 「ごめんなさい先生。でも、口数の多い男は興味じゃあないの」  何が起こったのか僕は自分の周りを見るまで気がつかなかった。目の前に噴き出す鮮血。遅れて喉の痛み。  もう一度シンを見ようと上体を起こそうとするも、ぼくの動きよりも早くシンの手に握られた小刀がぼくの目を貫いた。  勢いで、ぼくは仰向けに倒れた。血はどんどん広がっていき、僕の中心に大きな円を描いて広がっていく。声を出そうとしたが喉が切り裂かれて蚊の鳴くような声しか出ない。 「ねえ先生。貴方は私を美しいと、こんなに何もかも醜い私を美しいと云ってくれた。でも私から見たら、血の海に漂う貴方が誰よりも美しく、淫靡に見えるの。安心してね先生。ここは貴方の部屋。貴方は作家として何作も本を執筆して、私たちを愉しませてくれた。特に私は貴方が手書きで書いた原稿が好きなの。先生は知らないだろうけれど、これでも私は先生の作品をすべて読んでいる、一番の読者だからね。だから、最期くらいは私に飾らせてほしいの。貴方の最期を」  ぼくは虫の息のまま部屋を物色する彼女、若しくは彼を見た。シンは書棚からぼくが書いた本を大量に運び、ぼくの周りに並べる。書斎からは書きかけの原稿と墨入れ。万年筆。  血が流れすぎてもう動けそうにもないぼくの周りを、シンは愉しそうに作家としてのぼくを象徴する品々を集め出す。 「美しいよ、先生。血が変色していって……水溜まりならぬ墨溜まりのようだね。『墨溜まりに漂う淫靡な貴方』……最高に良い題名だと思いませんか」  ぼくの答えを聞くつもりがないのか、シンはマッチを手に戻ってくると、無情にもぼくが書いた本に火を点け始めた。  ――やめてくれ!  当然声にならない。それどころか出血が多すぎて脳が回らなくなってきた。炎は勢いを増し、部屋の中のものを真っ赤に燃やしていく。大量出血と火事とで徐々に目の前が真っ黒になっていく。 「愛しています……先生」  ぼくの最期の記憶は、シンがぼくの喉を切り裂いた小刀に手を取り、ぼくと同じように自らの首を一文字に切り裂いたところだ。  ぼくを愛する必要なんかどこにもなかったのに。シンの最期を想い、ぼくは何もできない自分自身を強く責めた。最期の力を振り絞り、シンの亡骸まで這って行く。  死してなお、彼女、若しくは彼は美しかった。 「シン……やはり君こそぼくの運命の相手だったのだな」  炎に身体を焼かれ始めても、ぼくはシンを最期まで手放しはしなかった。

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