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第24話 自室にて
学園の敷地内にある学生寮は、鉄筋コンクリートの三階建てで、夕侑の部屋は一階のはしにある。
二室続きとなっていて、一室を夕侑が、もう一室を神永が使っていた。間のドアは常時あけてある。これは、真夜中に夕侑が生徒に襲われないように神永が見守るためだった。
廊下側の入り口には頑丈な鍵もついているし、部屋にはユニットバスもある。他の寮生は二階から上を、ふたり一部屋で使用していた。
自室に戻ると、夕侑はすぐに勉強机に向かった。
今日一日、授業を欠席してしまったから遅れたぶんを取り戻さなければならない。
欠席した生徒や復習のために授業は常時録画されているので、スマホで再生しながら学習した。
数時間かけて今日の授業を終えると、椅子に座ったまま大きくのびをする。首を左右に振りつつ、ジャージのポケットに手を入れて、そこにさっきの拾いものがあることに気がついた。
「……あ、忘れてた」
取り出して、デスクライトのもとで改めて見てみる。
古びたストラップは経年劣化で色も褪せていた。
「サニーマン……」
時代を感じさせる玩具に、気持ちはすうっと過去へと引き戻されていく。
夕侑も小一のとき、これと同じものを持っていた。大事な宝物だったオモチャ。けれど同級生に意地悪されて、鉛筆の先をたくさん刺されゴミ箱に捨てられた。
オメガの子供は、ただオメガというだけでいじめの対象になりやすい。
――オメガはキモい。くさい。あっちいけ。
――お前らはすっごいインランなんだろ。近よんなよ。
クラスメイトの声が耳によみがえり、夕侑は口元に苦い笑みを浮かべた。
バース性についてまだよく知らない子供でも、性に対しては敏感だ。オメガが何やら妖しい生き物であることは、彼らにもわかるのだろう。
異物を排除する動物の本能で、夕侑らオメガ専用施設の子供は余さずいじめられた。
たったひとつの宝物を壊されて、夕侑はその夜、布団の中で声を押し殺して泣いた。
『……サニーマン、サニーマン』
失われたヒーローの名を、助けを求めるように繰り返す。そうすれば、アニメの中から飛び出してきてくれるような気がして――。
ストラップを両手でくるんで、あごに押しあてる。
あれから数年がたち、夕侑もこの世界には無条件で自分を助けてくれるヒーローなどいないということを理解している。
だから自分で何とかしなければならないのだ。生きていくために。手の中のヒーローは、想像の産物でしかない。
夕侑はストラップを机のはしに追いやり、再び教科書に向き直った。
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