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第28話 寮長室

 その日、夕侑は普段通りの授業を受けて、放課後になるとひとりで校舎を出た。  他の生徒は部活動に精を出す時間だったが、夕侑はどこにも所属していないのでまっすぐ寮に向かう。  部活動に参加したいと思ったこともあったが、やはり自分がオメガだということを考えると、どうしても二の足を踏んでしまい、それで結局どの部にも入らないまますごしていた。  校庭のはしの欅並木を歩いていると、渡り廊下から数人の明るい声が聞こえてくる。振り返れば、三年の教室のある東棟から、生徒会役員の一群が出てくるのが見えた。  真ん中に背の高い獅旺がいて、それを取り囲むように他の生徒らがいる。どうやら生徒会活動の途中らしい。  獅旺は誰よりも見目がよく、男らしく、そして魅力的だった。栗色の髪が西日に輪郭を彩られ、たてがみのようにきらめいている。  ――きれいだな。  獅子は怖いはずなのに、どうしてか彼には恐怖と同時に、もうひとつ胸を焦がされるような感情を呼び覚まされる。  その気持ちの正体を、夕侑は心の奥底に押さえこんだ。  そして足早に、寮へ戻る。  彼に対して、よこしまな感情を持ってはいけない。これは無用のものだ。将来、自立したオメガになるために。アルファの魅力に振り回されてはいけない。  夕侑の中には、ひとつの決心があって、それは自分のためのものではなく苦しんでいるオメガの仲間たちのためにあった。  いつか、この世に住む不幸なオメガを救いたい。彼らの役に立ちたい。それが、夕侑の人生の目標だ。  夕侑は施設で、不幸になったオメガを何人も見てきている。アルファに犯され精神を病んだ者、身体を売る仕事に堕ちた者。  どうせ幸せにはなれないのだからとヤケになり、普通に生きることを放棄した仲間は何人もいた。

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