32 / 112
第32話
「大谷君に、僕が使っていた参考書や問題集をあげていたんだ」
獅旺はドアの前に立つ夕侑に目をくれると、納得するようにうなずいた。
「参考書を買う金もないのか」
それは、別に馬鹿にした言い方ではなかった。ただ事実のみを言っているだけのようだった。
しかし夕侑は、その言葉に傷ついた。
「足りないのなら、理事長に言って、学習準備金を増やしてもらえばいい」
さらりと告げて、部屋のすみにある小型の冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
冷蔵庫は彼専用のものなのだろう。この寮では、いくつかの電化製品が個人で持つことを許されていた。もちろん、夕侑の部屋にはそんな贅沢なものはなかったが。
「そんな簡単に言うけどね。御木本グループの御曹司で、親が学園に多額の寄付をしている君とは違うんだ。大谷君には無理だろう」
やれやれと白原が首を振った。そしてドアの前に立ったままだった夕侑を手招く。
夕侑は獅旺をさけるようにして、白原の机まで移動した。
「御木本グループと言えば、銀行、商社、不動産業を持つ巨大財閥で、獅子族が三代続くエリート一家。そして獅子族はネコ目の中でも頂点の種族。将来はグループの総帥になるであろう男はこれまた顔も頭もできがいい。君にはコンプレックスなどないだろ。だから、弱者の気持ちに鈍感なんだ」
白原が夕侑に聞かせるようにして話す。獅旺はペットボトルの水を飲みながら反論した。
「白原には、俺の苦労はわからないだろうよ。そんな家に生まれた者が、いかに不自由な暮らしをしてるかなんて」
「それは贅沢な悩みというものだ。君が何事につけても横柄なのは、生まれ育った環境のせいなんだろうな。大谷君に対して思いやりに欠けるのも、君の鈍感さゆえの産物だろう。君の無神経な言い草が大谷君を傷つけているのをわかってるのかい」
白原の言葉に、憮然となった獅旺は、しかし否定はしなかった。自覚はあるらしい。
「以後気をつける」
それだけ言って、また水に口をつけた。
ともだちにシェアしよう!