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第56話

 突然顔色を変えて身体を丸めた夕侑に、獅旺も何が起こったのかわかったのだろう。緊張に顔をこわばらせた。 「もしかして、発情か」 「……はぃ」 「薬、持ってきてるだろ」 「……はい、でも、効くかどうか」 「飲め、俺も飲む」  デイバッグをあけて薬を取り出す。ジュースで流しこむも、まったくおさまる気配はなかった。  周囲にいた人々が、けげんな顔で鼻をクンクンさせ始める。オメガのフェロモンが漂い出して、皆が発生源はどこかといぶかしんでいるのだ。 「まずいな。ここにいたらいけない」  獅旺はスマホを手にして、駐車場に待たせてある運転手に連絡を入れた。 「すぐに正面入り口に車を回してくれ。学園に戻る」  獅旺は震え出した夕侑の肩を抱くと、急いで入り口へと向かった。 「俺に触られるのは嫌かもしれないが、少し我慢しろ」  早足で歩きながら獅旺が言う。夕侑は次第に意識が朦朧とし始めた。同時に、皮膚の下を無数の虫がはうようなおぞましい感覚がやってくる。  欲しい、欲しい。種が欲しい。腹の奥の、その奥まできて欲しい。  呪文のような欲情が、頭をおかしくしていく。ただ、交わることしか考えられない化け物へと墜ちていく――。 「……うっ」  あさましさに泣きたくなった。  どうして自分はいつもこうなのだろう。こんな身体、なくなってしまえばいいのに。皆に迷惑をかけて、なぜ自分はまだ生きていられるのか。

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