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第57話

 入り口ゲート前にひかえていた車の後部座席に乗りこむと、運転手はすぐに発進させた。学園までは一時間の距離だ。 「急いで戻ってくれ」 「わかりました。……しかし、これは、すごい匂いですね」  ベータらしき初老の運転手も思わず鼻を手でふさぐ。それほどヒト族オメガのフェロモンは強烈だった。  車が走っている間、後部座席では、身体を震わせる夕侑の肩を獅旺がずっと抱きしめていた。しかし、彼の手もまた微細に震えている。  時折、大きな手が揺らめいて獅子の前足に変化した。もしかして夕侑のフェロモンが強すぎて、抑制剤を飲んでいるにもかかわらずバーストしそうになっているのか。 「……ごめんなさい」  夕侑は獅旺の腕の中で謝った。 「ごめんなさい、……ごめんなさい」  獅旺が腕に力をこめる。 「お前のせいじゃない」 相手も低く掠れた声で答えてきた。  車はスピードをあげて進んでいたが、なぜかとある通りに出たとたん、急に速度をさげた。前席の運転手が、唸り声をあげてカーナビを操作し出す。 「坊ちゃま、まずいです。この先ずっと、渋滞しています」 「渋滞?」  道は周囲にまばらに建物があるだけの田舎道だ。しかし、前方では車が鈴なりになっている。 「どうやら、今日は富士山麓で音楽フェスタがあったみたいですね。そのせいでこの混雑です。どうしましょうか」  獅旺が窓の外を見わたす。車は延々と続いているようだった。後続車もやってきて、あっという間に身動きが取れない状態になってしまう。

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