62 / 112
第62話
「迷惑をかけました」
自分が予定外に発情してしまったために起こった出来事だ。
「申し訳ありません」
神永と獅旺に頭をさげると、神永はため息をついた。
「とにかく、発情はおさまったようだから今日はもう帰っていいと、ここの医師の診断がおりた。ふたりとも帰り支度をしなさい」
言われて、「はい」と返事をする。夕侑はつきそいの看護師に案内されてシェルター横のひかえ室にいき、そこで着替えた。壁にかけられた時計は十一時を指している。どうやら騒ぎの後、五時間ほど眠っていたらしい。
部屋を出ると、扉の横に、壁にもたれて腕を組む獅旺がいた。
「……」
思わず、やましさに目を伏せてしまう。
さっきの自分の痴態。放った浅ましい台詞の数々。そんなものがよみがえり動けなくなる。どう言葉をかけていいのか迷っていると、獅旺がこちらに近づいてきて、少しためらった後、何も言わずに夕侑の手をギュッと握った。
驚いて顔をあげれば、ひどく真剣で苦しそうな表情が間近にある。獅旺は頬や首に貼られた絆創膏をじっと見て、握りしめた手に力をこめた。そして無言のまま前を向いて、夕侑を伴い歩き始める。何かに憤っているかのような態度に、どうしていいかわからず仕方なく彼に従った。
駐車場では、車の前で神永がふたりを待っていた。獅旺は神永のところまで平然と手をつないでいき、呆れる神永の横で夕侑のために車の後部ドアをあけた。夕侑が座席に乗りこむと、ドアをしめて自分は助手席に乗りこむ。車が発進しても、誰も何も喋らなかった。
神永の運転する車で、一行は学園へと戻っていった。寮までの帰り道、夕侑は前に座る獅旺の後ろ姿をじっと眺めていた。
重い沈黙だけが車内を満たしている。疲れ果てていたせいか薬の作用か、思考は散漫だった。
ともだちにシェアしよう!