65 / 112

第65話

 心だけが、彼に反応している。そばにいたいと、話をしたり笑いあったり、幸せな時間をすごしたいと、望んでいる。 「どうしよう」  どうしたらいいんだろう。この気持ちは、未来のないものなのに。  夕侑は気づき始めた恋心に、戸惑うしかなかった。  その次の日、授業に出席した後、校舎を出て寮に戻ろうとしたら、後ろから声をかけられた。 「大谷」  呼ばれて振り返ると、獅旺が急ぎ足で近づいてきていた。 「獅旺さん」  制服姿の彼が、三メートルほど手前で足をとめる。離れた場所から、夕侑の健康状態をうかがうように全身を眺めてきた。 「もう大丈夫になったのか」 「はい、あの、お見舞い、ありがとうございます」  今夜にでも獅旺の部屋にお礼を言いにいこうと考えていたので、ここで会えてよかった。 「そうか。ならよかった」  獅旺はうなずくと、「じゃあ」といって去ろうとする。 「あの」  夕侑は思わず呼びとめていた。 「あ、あの、ストラップは、……僕が持ってていいんですか」 獅旺が振り返る。 「俺がそばによれないからだ」 「え……」 「だからそれだけでも、持ってて欲しい」  獅旺の言葉に、やるせないものが胸にこみあげた。 「大丈夫そうなんです」 「え?」  大きな声をあげた夕侑に、いぶかしげな眼差しを向けてくる。

ともだちにシェアしよう!