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第79話
「お前は、だから、不幸なオメガを救いたいのか」
夕侑は泣きながらうなずいた。
その頬に、獅旺が指先をあててくる。涙は獅旺の指にも流れていった。
「じゃあ、お前を失って、不幸になるアルファはどうすればいい?」
相手の瞳にも苦悩がある。
「一生、お前の幻影を求めて苦しむしかないぞ」
「……」
答えられずにいる夕侑に、獅旺が口のはしを歪めた。
「まだ、その男のことを愛してるのか?」
目をとじて、愛という言葉に思いをめぐらす。
かつての友人を愛していたかときかれれば、それは違うような気がした。彼に感じていたのは、プラトニックな恋情だけだ。それは獅旺に対するものとはまったく異なる。
けれど夕侑は、獅旺の問いかけを否定しなかった。
「愛してます」
ハッキリと告げることで、運命の絆を断ち切るように。
獅旺は御木本家の御曹司で、同族の婚約者もいる。そして父親はオメガを邪悪なものと見なしている。反対に自分は、社会の底辺で苦しむオメガと共に草の根をかきわけて生きていく。
最初から、住む世界が違いすぎるのだ。
「そうか」
獅旺の腕から力が抜けていった。夕侑から手を離し、立ちあがると燃えるような眼差しで睥睨してくる。
瞳にあるのは、怒りではなかった。絶望と悲しみの青白い炎だけだった。
「……よくわかった」
底冷えするような声を発して、くるりと背を向ける。ドアまで歩いていくと立ちどまり、震える拳をふりあげた。
それをいきなり壁に打ちつける。ガン、と大きな音がして、夕侑と神永はビクリと肩をはねさせた。
そのまま振り返りもせずに、部屋を出ていく。
残された夕侑は、彼の痛みがまっすぐに伝わってくるようで、息もできずにただ後ろ姿を見守った。
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