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第87話 保養所

「事件は大きな騒動になったけれど、何とか収束したよ。君は心配せずに、治療に専念すればいい。奨学生制度も廃止されないから、このまま学園にも残れる。学園側は、君のためにできることをすると、理事長がかけあってくれた。だから、ここでゆっくり静養しなさい」  ベッドに上半身を起こして座っている夕侑に、神永が説明する。 「はい」  まだ傷がいえていない夕侑は、静かに答えた。  あの事件から、数週間がたっていた。  夕侑は今、学園から遠く離れた保養施設にいる。ここは、夕侑のために用意された建物だった。  古い別荘のような二階建ての屋敷は、広い敷地にシェルターも完備されている。人里離れた場所に建つ館に、夕侑は管理人夫婦と共に住んでいた。  授業は映像で受けて、発情期がくればシェルターに避難する。周囲は民家もない片田舎で、けれどおかげで心おきなく静養することができた。  事件は夕侑の身体に深い傷を残した。しかしそれ以上に、精神的なショックのほうが大きく、夕侑はどうしても学園に帰ることができなくなってしまった。  そのため学園側は、夕侑にこの地で卒業まですごすことを許可し、代わりに奨学生としての役目を、以前とは違う形で果たすことを提案したのだった。 「発情期になったら、僕がここにきて、君の身体からフェロモン分泌液を、分泌腺から注射器で抽出する。それを学園に持って帰り訓練に使用する。――最初からこうすればよかったのかもしれない。そうすれば、あんな事件も起こらずにすんだものを」  神永はやれやれとため息をついた。  事件の後、白原は退学となった。夕侑への暴行は警察沙汰となり、白原家からは弁護士も通じて謝罪された。そして夕侑の匂いをたどって助けにきた獅旺は、謹慎期間延期の処分だけを受けたということだった。  あれから彼とは会っていない。どうしているのかもわからなかった。助けてもらった礼だけは神永に伝言を頼んでいたが、それに対する返事ももらっていない。  けれど夕侑は自分から彼を遠ざけたのだ。今さら何かを期待するような考えは持つべきじゃないだろう。 「ゆっくりすごしなさい。ここは環境もいい。君の将来のことは、これから時間をかけて決めていけばいいさ」  そう言って、神永は夕侑の憂いを察したかのように優しくアドバイスをした。

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