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第93話 卒業
「卒業おめでとう」
卒業式の翌日、式に出席できなかった夕侑の元に、神永が証書を届けにやってきた。
「ありがとうございます」
温かな陽の光がさす応接室で、自分の名が書かれた証書を、感慨深い思いで受け取りながら答える。
明日からはもう、高校生ではなくなることがまだ実感として受けとめられない。それは、ここでの生活があまりにも恵まれていたからだ。
三年間はあっという間で、特にここにきてからはオメガであるストレスからも解放されて、充実した日々をおくらせてもらえた。
卒業を無事に迎え、今、一番に脳裏に浮かぶのは獅旺とすごした楽しかったひとときだ。
それだけを胸に、これからは生きていこうと思う。
「大学は通信制にするんだってね。住む場所については、学園から奨学金が出るからシェルターつきのマンションへも引っ越せるけれど、ここに引き続き住んでもかまわないという許可は出ているよ」
「え? そうなんですか」
受け取った証書から顔をあげて、夕侑はきき返した。
「うん。君が望むのなら、ずっと使ってもいいそうだ」
思わぬ提案に、目をみはる。
「本当なんですか? 学園はオメガ奨学生にすごく親切なんですね」
寛大な配慮に驚くと、神永は優しげに微笑んで言った。
「大谷君。君は知らなかったようだけど、ここは、学園の持ちものではないんだよ」
「え?」
「この屋敷は、たしかに君のために用意されたものだけれど、所有者は別の人物なんだ」
「……」
夕侑は、戸惑いながら神永を見返した。
「別の……人、って?」
神永が、含みのある笑顔をしてみせる。瞬間、心臓がドクンと大きくはねた。
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