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第95話

 夕侑はこの奥に入ったことはない。管理人からは、地下には倉庫があるだけと聞いていた。  階段の下は暗くてひっそりとしている。夕侑はチェーンをくぐって中に入った。電灯もつけずに、ゆっくり地下一階へとおりていく。その先は真っ暗な廊下だ。  壁に手をあてると、スイッチに触れたので明かりをつける。冷気漂う廊下の先に、ひとつだけ扉があった。鉄製の頑丈な、屋敷の古さに反して新しいドアだ。  夕侑はそこまで歩いていくと、ドアノブに手をかけて回してみた。鍵はかかっていないようで、カチャリと音がして、扉がゆっくりとひらいた。  ドアの内側に電灯のスイッチがあったので、それを押す。すると、中が明るく照らされた。 「……」  言葉をなくして周囲を見わたす。  倉庫だと言われていたその部屋はたしかに広かった。百平米ほどの空間は近代的で、まるで何かの研究室のように機械やコンピュータやディスプレイがたくさん設置されている。  真ん中の丸い机には、作りかけの義手のようなものがあり、その横のトルソーには鋼の鎧が飾られていた。金属の原料や、工具類、分析機器のようなものまで並んでいる。こんな科学者が実験するラボのような部屋は、映画でしか観たことがない。  夕侑は部屋の奥にある壁まで歩いていった。そこには、何枚ものサニーマンのポスターが貼られていた。横の本棚には彼に関する書籍と、フィギュアがいくつも飾ってある。 「……こんな」  ここに、こんな部屋が、あったなんて。  夕侑は、ずっと前に獅旺と遊園地で話したことを思い出した。彼は将来ヒーローになるために、研究室を作っていると、たしか嬉しそうに教えてくれたはずだった。 「ここが……」  獅旺の夢のつまった場所。  部屋の中には埃がたまっていた。きっと夕侑に屋敷をあけわたしたために、この場所は閉鎖したのだろう。夕侑のために、彼はここにくることをやめたのだ。 「……どうして」  どうして、そこまでして。

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