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第96話
壁に貼られたポスターを見あげていたら、彼に会いたくてたまらなくなる。
夕侑は踵を返して部屋を出た。
獅旺に会わなければならない。
このまま、終わりにしてはいけない。本心を押しかくしたままで生きていったら、きっといつか後悔する。そして彼の優しさを深く傷つけたままにしてしまう。そんなことをしては、絶対にいけない。
彼がもう夕侑のことを忘れてしまっているのだとしても、他に恋人ができていたとしても、会ってもう一度だけ、話を――。
階段を駆けあがり、廊下を走って正面玄関に向かう。けれどその途中で、はたと足をとめた。
自分は獅旺の連絡先を知らない。住んでいる場所も。そして夕侑はひとりで勝手に敷地外へ出てはならないと決められている。外出するときは必ず管理人か神永が同行することになっていた。
舘の別室に住む管理人に頼めば何とかなるかもしれないと、ポケットからスマホを取り出して連絡してみる。しかし出てくれない。それで思い出した。今日は夫妻で外出していて、夜まで戻らないと連絡されていたことを。
もどかしい思いばかりが胸を焦がし、それに耐えきれず、夕侑は正面玄関から外に飛び出した。
車よせを抜けて芝生の敷かれた前庭を走り、正門へと向かう。門は常時、施錠された頑丈な鉄製の門扉にとざされていて、許可を得た者しかそこをくぐることはできない。
「……」
夕侑は鉄の格子を手で掴み、門の外を見やった。鬱蒼とした木々に挟まれた一本道がカーブを描きながら遠くまで続いている。
この先へは、自由に出ていくことが許されない。そんなことをしたら、他人に迷惑をかけてしまうかもしれないから。
門扉の格子はまるで檻のようだった。自分をとじこめる鋼の牢獄。その先は、あんなにキラキラ輝いているのに。
木漏れ日が照らす昼下がりの道を、夕侑は目を細めて眺めるしかなかった。
獅旺に会いたい。もう一度でいいから。
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