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第97話
そう思いながら格子を握って、道路の先を見つめていたら、遠くから一台の車の姿が見えてきた。静かにこちらに向かってくるのは、黒塗りの外国車だ。
夕侑は一瞬、神永が戻ってきたのかと考えた。何か、忘れ物でもしたのかと。しかし車は学校医のものではなかった。もっとスタイリッシュで、エンジン音も違っている。
車はゆったりとカーブを曲がり、一本道を真っ直ぐに夕侑の元までやってきた。そうして、正門の少し前でとまる。
訪問客なのかなとぼんやり車体を眺めていたら、門の電子錠がかろやかな音をたてて解錠された。門扉がガチャリと動き始めて左右にひらいていく。
それと同時に、車のドアがあいた。運転席から背広姿の大柄な青年が、急いだ様子でおりてくる。
それは、栗色の髪をきれいに整え、二年前より大人びた風貌になった獅旺だった。
彼はわずかに目を瞠って、正門に立つ夕侑を見つめてきた。
夕侑もその場から動けなくなる。
お互い、いきなり目の前に現れた相手に驚いてしまったようで、しばし呆然と向きあった。
やがて獅旺が何かに気づいたかのように、きびすを返して車の後ろへと回りこんだ。トランクをあけて中から荷物を取り出す。
ふわりと現れたのは、大きな花束だった。百合や薔薇やデイジー、そしてかすみ草が華やかに括られた、獅旺の肩幅ほどある見事なブーケだ。
それを手に、彼はこちらに向かって歩いてきた。けれどその足が、三メートルほど手前でとまった。
それ以上は近よろうとせず、花束を手に、少し緊張気味に微笑む。
「卒業、したんだな」
制服姿の夕侑を、感慨深げな眼差しで眺めてきた。
「おめでとう」
祝いの言葉を、丁寧に口にする。
「……どうして」
獅旺がここに。
唇が震えて、何も言えなくなる。
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