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第101話
夕侑はそのときのことを思い返した。そうだ、あのとき自分もまた彼に惹かれたのだ。
「アルファは、オメガを守るためにいる」
獅旺がゆっくりと、近づいてくる。夕侑を怖がらせないように慎重に。
「俺は、お前を幸せにするために、ヒーローになりたい」
夕侑はもう逃げなかった。
愛情に満ちた茶色の瞳に、どうしようもなく愛おしさを感じてしまう。
逃げないことが嬉しかったらしい。獅旺が手をのばして花束を差し出してくる。
芳しい花の香りが鼻をくすぐった。
「そばにいて欲しい」
「――……」
何てひかえめな願いだろう。今までのこの人からは考えられないほどの、繊細な頼みだった。
「お前が、死んだ初恋の相手を好きであっても、俺はそれごと全部、お前のことを愛するから」
「……っ」
この人の愛は、何て大きいのか。
夕侑のすべてを受け入れて、守ろうとしてくれる。それに対して、自分はどれほどわがままで頑固なことをしてきてしまったのか――。
「……ごめんなさい」
今までの、自分の不実を謝る。
「どうして、謝る?」
夕侑の謝罪に、獅旺の身体がかすかにこわばった。すべてを拒否されるのだと思ったらしい。
「……本当は、あなたのこと、好きだったんです。なのに、僕は、自分のことしか考えてなくて、色んなことに意地になってて、拒否してしまってました」
ようやく、本心を告げることができると、獅旺は目を見ひらき、「本当か?」と呟いた。
「じゃあ、お前も、俺のことを好きだったってことか」
花束を持ったままの手で、夕侑の両腕を掴んでくる。痛いほど揺すって、夕侑の顔をのぞきこむようにしてきた。涙をにじませていた夕侑は、俯きがちにうなずいた。
「親友だった彼のことは、大事に思っています。けれど、あなたに対する気持ちは、もっと別の、深い……愛情が……ずっと、あって――」
言い終わらないうちに、きつく抱きすくめられる。
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