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第0章~目覚める運命の序曲(後)~

――四半世紀前から人達の間に広まっていった一つの考え。 まもなく世界の終焉が来る。 7人の天使が神話の通り、この現世にそれぞれ裁きを下す。 そして7人目の天使がこの世界に舞い降りる時、全ては焼き払われ浄化が(もたら)されるだろうー 事実この100年の間に天の裁きとしか思えないような天災が幾度と無く起こった。地震や津波、壊滅した都市も少なくない。 そして最初の天災から2年前に起こった天災まで数えてちょうど六つ。後は最後の裁きを下す7人目の天使を残すのみ。人達の終末信仰はいよいよ苛烈を極めていた。 それでも―― (それでも、もたらす訳には行かない。たとえそれがどんなに幸せな事だろうとも-) こんな幼い子供までもが終焉を望むほど世界は醜悪さを極めているのだ。 恐慌と慟哭(どうこく)に支配され隣人すら信じられぬほど疑いに満ち溢れている。ただ陋劣(ろうれつ)に快楽を(むさぼ)り己を守ることのできない弱者はそれだけで蹂躙(じゅうりん)される。 のどかに見える村にも不安の影は重く圧し掛かっている。それならいっそのこと誰かが終わりを(もたら)してくれたなら、この苦しみを断ち切ってくれたなら、悲しみから遠ざけてくれたなら ・・・一人では死ねないから・・・・ 「そういえばお兄ちゃんは何て名前?あたしはイリスって言うの」 考えの底に沈んでいた少年の意識を少女の声が掬いあげる。すでに彼女の興味は少年の方に戻っていた。 だがその質問に少年は再び目を伏せてしまう。 「名前・・・・なんだろう・・・ね」 少年は悲しげに呟く。その顔は何か諦めを含んでいる様にも見えた。 「名前、忘れちゃったの?」 少女は不思議そうに首を傾げる。彼女にしてみれば名前があるのは当然の事なのだろう。 「無いの・・・・かな・・・・」 自分がこれからしようとしている事を考えれば(さず)けられなかったと言った方が良いのかもしれない。 少年が(うつむ)くと目の端に小さな白い花が見えた。 「・・・・あの花は?」 風にゆれる花は真紅の瞳に優しく映った。 「あの花?・・・・・・たしかトウキっていう野草だよ?」 「トウキ・・・・・・」 誰が植えたのかも分からない、誰に必要とされている訳でもない、 ただ「存在」する花。 「うん。それが僕の名前・・・・・『トウキ』」 名乗っても花の仲間になれる訳でも無い異質な存在。それでも名前はこの世にある事を教えてくれた。 「本当に忘れてたの?変なお兄ちゃん」 くったく無く笑う少女につられて少年も笑みを浮かべる。2人の間を山間の柔らかな風が吹き抜けていった。 「そろそろ行かなくちゃ」 そう言って少年は自分の行くべき道を見据える。 「もう行っちゃうの?」 少女は名残惜しそうに少年の服の袖を引っ張る。そんな少女の頭を少年は優しく何度か撫でる。 「色々ありがとう・・・・・それと・・・・ごめんね」 そう囁くと少年は次の町へと続く道を歩き出す。 「ばいば~い」 少年の言葉の真意に気付く事無く少女は元気に手を振る。 ――感謝は自分に名前を教えてくれたことに対して、そして謝罪は彼女が望む未来を与えてあげられないことに対して。―― (たとえそれがどんなに幸せな事だと言われても・・・・・) 終焉という未来だけは誰にも(もたら)してはいけない。どんなに望まれていても。   ――たとえ自分がその役目を果たす天使だとしても―――――

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