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第1章~出会いの前奏曲(前)~
曇天模様の空の下、一人の青年が自分の目先を睨み据えている。赤いジャケットを羽織り、苛立たしげに濃さの違う茶色の短髪を掻き毟 ると声を荒げる。
「本当にここでいいのか!?」
勢い良く後ろを振り返るが、返事を求めた相手は何処にも見当たらない。
「っておい!どこ行った!?」
青年のツッコミが虚しく曇り空の下に響いた。
その青年がツッコミを入れた少し先、雑然としたビルの間、毒々しい色のネオンの下1組の男女が向かい合っている。
「いきなり声をかけて来て、私が欲しいなんて。ずいぶんな人ね」
そう言いつつ満更でもない様子で女性は妖艶な笑みを浮かべ男にしなやかに足を絡める。
「フフッ。こんな美味しそうな果実を前に、我慢できる男なんているかな?」
男は不敵な笑みを浮かべ、女性の腰に腕を回す、と黒に近い緑色の髪が揺れる。
「だから、ネ。他の男が嗅ぎ付ける前に、僕に食べさせて」
身を屈めて男が女性の喉下に口を近づける。
と、その刹那。男の後頭部に強烈な踵 落としが叩き込まれる。
「っっ痛~~~!!デリス!流石にこれはちょっと酷くない?」
頭を抑え蹲 る男の後ろには先程の青年がいた。
「ッテメェは!毎回女を見りゃ見境なく・・・・・!」
デリスと呼ばれた青年は男の胸倉を掴むと怒鳴りつける。
「だって、ねぇ?それが僕の本能みたいなものだし・・・・・って・・あ・・ちょっ・・・ちょっ 」
台詞を全て言い終わる前にデリスは男のネックレスの鎖を掴むと、文字通り後ろ手に引き摺 って行く。
「ちょっと!なんなのよ~」
完全に取り残された女性の声が空しく背中に向けられていた。
「だから本当にここでいいのかよ!?ダツラ、いい加減なナビしてんじゃねーよ!」
先程と同じ台詞を先程と同じ場所で今度はその男、ダツラに向かって言い放つ。
ダツラが未だに痛む後頭部を擦ると、腕輪の鎖がじゃらじゃらと重たい音を立てる。濃紺のスーツ姿に合わず彼の身なりはアクセサリーで飾り立てられている。
「間違い無いよ?」
「嘘つけ!教団の建物なんかねーだろが!?」
のんびりと返すダツラにデリスが噛み付く。デリスが怒るのには理由があった。
彼等が探しているのはとある新興宗教の建物であり、目の前にあるのは幾つかのプレハブ小屋とそれ以外には草臥 れたテント小屋しか見当たらない。
再び掴みかかろうとするデリスをダツラの手が制した。彼の指先は下を指している。だがデリスはその意味が飲み込めずに怪訝な顔をする。
「地下だよ。この辺り一帯の下が教団の建物ってこと」
意味は理解できたが何故建物を地下に作るのか理由が分からず、デリスは更に顔を渋くした。
「地上 は地価が高いからね~ 」
ほとんど答えになっていない説明をしながらダツラは一番近いプレハブ小屋に歩み寄る。
彼の言葉を裏付けるように、入り口にはプレハブ小屋には似つかわしくない9桁の入力番号とカードキーという厳重な鍵が取り付けられている。
だがダツラは無駄だと言わんばかりに笑みを浮かべるとあっという間に番号を入力し何処からともなくカードを取り出す。
「チンタラしてんじゃねーよ。別にドアごと壊せばいい話じゃねーか 」
今度はデリスの声が彼の手を制した。
仕事、といっても彼等の仕事はまともな物ではない。高い賃金と引き換えに暗殺など危険な事を請け負う所謂 『何でも屋』だ。廃しかかった世の中では珍しくも無い職業である。
今回にしても内容は教団の司祭を殺す事。依頼したのは別の教団の幹部、終末信仰は同じでもそれぞれに派閥があるらしく小競り合いは絶えない。
何よりこの教団は半年前に設立したにもかかわらず信者の数を急激に増やして来たのだ、邪魔な芽は早い内に摘む、と言った所だろう。
どんな組織でも頭目を失えばバランスを失い、崩れ落ちる。
「う~ん。ちょっと面倒なんだよね。司祭以外なるべく殺さないようにって依頼されてるし。逃げられても困るし。 」
あまり困っていない口調でダツラが返す。
「『なるべく』だろうが。それに逃げる前に斬ればいいだけだ」
言い返すデリスは既に剣に手を掛けている。時勢に合わない幅広の剣、通称クレイモアと呼ばれる剣を構えている。
銃と対等に、いやそれ以上に剣で戦う彼は同職業の間では名が知れ渡っている。
「お行儀よくしないと。罰 があたるよ? 」
そう言うとダツラは言葉とは裏腹に脇へ避けてしまう。どうやらターゲットを逃す事よりデリスを止める事のほうが難しいと判断したようだ。
「フンッ。神なんざ信じちゃいねーよ!」
言うが早くデリスは走り様に構えた剣を入り口に向かって振り下ろした。
実際地下内部はかなり広く一集落程の広さを持っていた。けれども二人がそこを駆け抜けるのに何ら障害はなかった。
突如現れた武器を持つ侵入者に信者達は逃げ惑うばかりであり、武装した信者が数人攻撃をしてきたがそれすらも彼等の敵ではなかった。
間髪を入れずにダツラの、オートマの二丁銃から放たれた弾丸が信者達の武器を叩き落してしまう。獲物を獲られたデリスがダツラを睨みつけるが素知らぬ素振りでダツラは先に行くように促す。
「逃げてなければあの建物にいる筈だから」
そう言うと、奥にある教会らしき建物を指差す。デリスは舌打ちすると再び駆け出した。
緩やかな段差が続く坂を駆け上がると漆喰の壁が見えてくる、そのままスピードを落とす事無く木製の観音開きの扉に剣を構えた。
「っ!」
剣を振り下ろそうとした瞬間、銃声が彼の耳元で鳴り響いく。
地面を蹴りその場から飛び退くと、今度は別の場所から放たれた銃弾が足元の地面を削る。
着地から体勢を立て直す間も無く無数の銃口に周りを囲まれてしまう。
デリスは再び苛立たしげに舌打ちをした。今までほとんど攻撃を仕掛けてこなかったのはこの為だったのだろう。
中心部一歩手前で集中的に叩く“罠”。
「はんっ!ザコは数をそろえなきゃならなくて大変だな! 」
その罠に見事にはまってしまったデリスが悪態をつく。
「黙れ!神に仇 なす異端者よ」
段上から罵声が浴びせられる。
40代後半位だろうか、他の信者達とは違う群青色のローブを纏った一人の男が銃を片手にデリスを睨め付けている。その顔には見覚えがあった。この教団の最高指導者であり倒すべき相手、ゴバイシ司祭。
デリスは小馬鹿にしたような目で司祭を見返す。
自分の命を狙う相手の前に現れるなど愚公過ぎる。
勝利を確信した故にせよ、何か策があるにせよデリスにとっては絶好のチャンスでしかない。
「ハッ!」
地面を蹴ると一気に司祭に向かって突っ込んでいく。その予想だにしなかった動きに他の信者達は狼狽する。銃を構えて撃とうとするが狙いが定まらず引き金を引くことが出来ない。
余程の手練れでなければ包囲網など只の牽制 でしかない事をデリスは熟知していた。
「神はお前を見放したみたいだな」
皮肉めいた言葉を掛けるとデリスは下段に構えた剣を司祭に向かって一気に振り上げた。
―その瞬間―
「!」
デリスと司祭の間に一人の信者が躍 り出る。
少女、いや少年だろうか白い髪が揺れ細い身体が弓なりに反る。
「くそっ!! 」
驚いたデリスが攻撃を逸 らそうとするが、勢いのついた切っ先は白い華奢な喉を抉 ってしまう。
切り裂かれた喉元から鮮血が止めど無く溢れ出し少年の身体は躍り出た状態のまま地面に崩れ落ちてゆく。
「・・・・・・・」
「・・・・・っ!」
その一瞬にデリスは少年と目が合う、滴 り落ちる血の色より更に赤く透き通った瞳が彼を見つめる。
唇が微かに動いた気がしたが、言葉が零 れ出るよりも前に少年は何人かの信者に身体を支えられデリスの視界から見えなくなってしまった。
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