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第1章~出会いの前奏曲(後)~
血が落ちていく。
不規則に広がる赤は鮮明に。記憶の扉をこじ開けようとした。
「キャアアーー!トウキ様-!!」
女性信者の割れんばかり悲鳴が辺りに響き渡る。
「早く医務室へお連れしろ! 」
混乱と怒号の声がデリスを現実に引き戻した。
「しかし・・・この男は!? 」
「牢にでも閉じ込めておけ!今はそれどころでは無い」
他の信者達も慌てだし、その場が騒然となる。いつの間にか追い着いていたダツラがその様子を唖然とした目で見ていた。
「クソッ!! 」
苛立ち任せにデリスは鉄格子を蹴り上げる。先程から同じ事を何回も繰り返している。
結局の所あの後、直に武器を取り上げられ散々打ち据 えられた挙句この時代錯誤の鉄格子の牢に入れられたのだ。
「それにしても。こんな古めかしい牢、よく作ったね 」
格子の填 め込まれた窓を見上げながらダツラが呆れたように呟く。
こちらはあっさりと白旗を振った為、ほとんど無傷でいる。
「ふざけんな!テメーがあの時トドメを刺しときゃこんな事になってねぇんだよ! 」
デリスがダツラの胸倉を掴み食いかかる。
「ムチャ言わないでよ。君があの子を切りつけた時には、もう司祭はいなくなってた」
流石にムッと来たのかダツラが冷たげな視線で反論する。
「それに、あんなにてこずってるとは思わなかったしね 」
確かにダツラの言う通りだった。あの騒ぎの中司祭は既に姿を消していた。
デリスは一瞬何か言いたげに口を開くが、突き飛ばすように手を離すとそのまま備え付けのベッドに座り込む。
「何なんだ!?あのガキ・・・ 」
先程の事を思い出す。信者の一人にしては扱いが丁重すぎる。叫び声を上げた女性信者など泣き出してしまったほどだ。
「ああ、可愛かったよね。遠目からだけど中性的で抱き心地も良さそうだし・・・ 」
「そういうこと聞いてんじゃねぇ!! 」
的外れな返事をしたダツラをデリスが思い切り殴り倒す。 殴られた場所をさすりながら恨みがまし気にデリスを見ていたが、ダツラは説明し始める。
「あの子はおそらく、巫女のようなものだね」
話の筋が見えないデリスにダツラが更に言葉を付け加えてゆく。
彼が話すには、格教団が持つ教えを広めるには言葉だけでは足りないらしい。
そんな場合幼い少年や少女を『巫女』として仕立て上げる事がある。彼等は神の声を聞いたり、予言などを行いその教団の教えが如何に正しいかを確然 とさせていくのだ。
「勿論本当に奇跡を起こせる必要なんてなくて・・・」
話術やトリックで神秘性を少し付け加えてやれば、ほとんどの人間は信じ込んでしまう。
そうして本人が望む、望まないは別として生きる偶像に仕立て上げられてしまうのだ。
「ケッ!胸くそ悪い話だな」
吐き捨てるようにデリスが言う。
「確か・・・・この教団は『断罪の天使』を信仰の対象にしてるんだっけ?ほら、半年位前から広まってる」
その言葉を聴いてデリスは益々顔を渋くする。
約半年前からその怪死事件は起きていた。
殺されたのは教団の幹部であり、指名手配中の犯人であり様々であったが皆一様にして誰とも知れない剣によって切り殺されていた。
姿の見えない殺人者は人々を震撼させた。
そして時期を同じくして漆黒の羽を纏 った間を見たという噂が流れ出したのだ。話は人から人へと伝わり、神話に出てくる『断罪の天使』がこの世に舞い降りたといつしか囁かれるようになった。
「くだらねぇ。こじつけにも程がある」
デリスが言うとおりこの話には少し無理があった。確かに神話の一説には堕落した世界に憂 いた神が流した血の涙から断罪の天使は生まれ、地上の悪しき存在に裁きを与えるとある。
だがこれは跋扈 している終末説とは全く違う部分に書かれているのだ。
「まぁ人が死んでるのは事実だし。この教団と対立していた別の教団重鎮も死んでるし、あながち全部嘘ってわけじゃ・・・ 」
微 かに聞こえた足音と人の気配にダツラはそこで言葉を区切る、
デリスも身構えると足音の方に向き直る。
たどたどしい小さな足音、教団特有の模様が織り込まれた白いローブを引きずり二人の前に現れたのは先程の少年だった。
柔らかな雰囲気を纏 い微かに微笑むが喉に巻かれた包帯が痛々しい。
「何だよ。恨み言でも言いに来たか? 」
デリスは突っぱねる様に言い放つと壁に凭 れ掛かる。
「・・・・・・」
少年は躊躇 う様に格子に手を掛けるとうつむいてしまう。
だが直に決心した様に二人を見つめるとローブの袖から真鍮の鍵を取り出し鍵穴に差し込む。何度か回すと重い金属音を立てて鉄格子が開く。
少年は二人の傍に駆け寄り小さく頷く。逃げろ、と言うことなのだろうか。だがデリスは合点がいかない。
「どういうつもりだ? 」
開け放たれた扉を訝 しげに見ると少年に向き直る。
「いやぁ、助かったよ。オートロック系なら簡単に開けられるんだけど、この手合いの鍵は苦手でね。どうしようかと思ってたんだ。あ、やわらかい 」
デリスの発言を無視したダツラが少年の手を取り熱烈に感謝を述べている。
いや、手を取っていたのは一瞬で今は抱きしめる様に少年の腰に手を回すともう片方の手で頬や頭を撫でている。その行為に驚いた少年は訳が判らず目を回して身体を強張らせてしまう。
「所かまわず欲情してんじゃねーー!」
怒髪点を付いたデリスが怒り任せにダツラを蹴り飛ばした。
「何故助ける!? 」
蹴り飛ばされた脇腹を押さえて蹲 るダツラを無視して今度はデリスが少年に詰め寄る。
問われた少年は困った様にデリスを見上げる。何かを言おうと口を開くがそのまま激しく咽混 んでしまい、苦しげに喉を押さえる。
それを見たダツラが慌てて少年の身体を支えるように抱きかかえる。見れば喉に巻かれた包帯から赤い血が滲 んでいる。
「詮索は後にしたら?とにかく今は仕事を終わらせてココを出ないと。勿論、キミも一緒にね」
ダツラはそう言うと改めて少年の方に向き直る。
「何ィーーー!! 」
微笑むダツラとは反対にデリスと少年はこの突拍子も無い提案に驚いた顔をしている。
「テメー、さっきから勝手なことばっか言ってんじゃねーぞ!! 」
噛み付くデリスを手で製してダツラは少年の喉に巻かれた包帯を軽くなぞる。
「その傷、治療しなきゃね。大丈夫、僕はこう見えても医者だからね・・・・・・無免許だけど」
最後にいらない一言を添えたダツラがデリスを見る。
「どっかの誰かが考えずに突っ走るから」
それを聞くとデリスは言葉を詰まらせてしまう。
ダツラの発言は少年の怪我だけでなくこの状況も暗に示唆 しているのだ。
「っ・・・!」
デリスは舌打ちをして鉄格子を叩いたがそれ以上何も言わなかった、渋々だが了承したらしい。
一方少年の方は困惑の表情で二人を見ていたが俯くと小さく首を振る。行けないと言う意味だろう。
「残念だけど他に選択肢は無いよ。僕等を助けた時点で教団を裏切った事になるからね 」
ダツラの口調は穏やかだが有無を言わさない響きがある。
少年が反旗を翻 せば支持する信者は少なくない、意思を持った偶像は教団の幹部にとって危険でしかないのだ。
そうならない内に少年は何らかの形で消されるだろう。
「・・・・・・・」
それでも少年は頷かない、それどころか何か思いつめた顔をしてしまう。
「グダグダやってねーでさっさと行くぞ!つーかオレの武器どこだ」
デリスは舌打ちすると少年の腕を掴み歩き出す。
「トウキ君、で良いんだよね」
困惑していた少年は今度はダツラの言葉に驚いて目を大きくする。何故名前を知っているのかと。
「さっき他の連中が叫んでたからね。良い名前だね。大丈夫、悪いようにはしないから 」
ダツラは事も無げに言うと胡散臭い笑みを浮かべる。先程のセクハラ紛いの行為は完全に棚に上げている。
それでも名前を褒められて嬉しかったのか少年は微かに微笑む、儚げだが柔らかな微笑み。
「カワイイ~!もう絶対持って帰る!」
思わず本音を洩らしたダツラをデリスが蹴り飛ばす。もはや彼の発言に真意を見つける方が難しいのかもしれない。
ため息を一度付くとデリスは自分の目の前を睨みつける。
「行くぞ。今度こそケリをつけてやる 」
デリスの言葉にダツラも頷く。
「・・・・・・・・」
トウキは真っ直ぐに二人を見た。
3人の、そして世界の中に秘められた運命の歯車はゆっくりと、けれども確実に動き出していた。
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