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第2章~夜明けのブランル(前)~
トウキの案内で3人は細長い通路を抜けて螺旋状の階段を上がって行く、途中他の信者と出くわさなかったのは時間帯のせいだろう。
日が射さない地下では最初分からなかったが今はどうやら夜半過ぎらしい、勿論人気の少ない道を選んでいるせいでもあるが。
途中、倉庫らしき部屋の前で立ち止まるとトウキは扉を開けて中を指差す。見れば奥に取り上げられたデリスの剣が立て掛けられている
「大丈夫そうだな」
鞘から刃を抜くと刃こぼれが無いか確かめる、剣はいつもと変わらない冷たい光を放っている。他の荷物も此の部屋にあったらしくトウキがデリスに手渡す。
「後は早く仕事を終わらせないとね」
弾倉 をリロードさせながらダツラがそう言ってトウキに微笑み手を伸ばす。
けれども彼の手が触れる寸前でトウキは弾かれたように部屋の外に向かって歩き出す。先程の事があってから多少ダツラに対しては警戒しているようだ。
今居る場所の会い向かい側にもう一つ部屋がありトウキはそこの扉に手を掛ける。
「ちょっと待って」
扉を開けようとしたトウキの手をダツラの声が制した。
「そこは出口に繋がるドアだよね 」
驚いてトウキが振り返るとダツラは軽く笑って頷く。それはトウキの内心を見透かしているという意味だろう。
教団側の人間としてはデリス達仕事を遂行させなのが当然だろう、とは言え2人を見殺しにもできなかったらしい。
無事に逃がす代わりに司祭を殺さない、つまりこれはトウキなりの交換条件なのだ。
「ああ!?ふざけるな!このままおとなしく引き下がれるかっ! 」
突っかかるデリスにトウキは下唇を噛むが、それでもしっかりとデリスを見返す。どうやらこればかりは引かないらしい。
「この道をまっすぐ上って左のドアを開ければさっきの建物の西に出るから、あとはそのまま・・・・ 」
ダツラの言葉にトウキは目を丸くする。先程もそうだったが何故彼はこの入り組んだ地下の地理を知っているのだろうかと。
その反応を見てダツラの方は確信する。道順が正しい事と司祭はまだ例の建物に居ると。
「ガキの遊びにつきあってられっか!」
デリスは踵 を返すと階段を登って行く。それを見たトウキは慌ててデリスを追いかける。
恐らくトウキの介入がなくてもこの2人は何らかの方法で牢から抜け出していただろう。
トウキが提示しようとした交換条件など最初から無意味だったのだ、それは理解できた。
ただ、だからと言ってこのまま彼等を行かせる訳にはいかないのだ。
「っ!」
慌てたせいだろう、長いローブの裾を踏んでしまうとデリスの背中に顔面から激突してしまい鼻先を思い切りぶつけてしまう。
(みうっ!!)
「何やってんだよ 」
呆れた様にデリスが言う。痺れた鼻先を両手で押さえて顔を上げると、いつの間にかこちらに向き直っていたデリスと目が合う。
ダークブラウンの瞳は一瞬何か感情めいたものを見せたが、それが何を意味するのか良く分からない。
「合わねー服着てるから動きが取れねぇんだよ」
それだけ言うとデリスはまた背を向けてしまう。
(合わない・・・・)
たぶんこの装束の事を言ったのだろうが、トウキにはそれ以上の言葉に聞こえた。
このまま此処に居てゴバイシに従ってはいけないと思う反面、慕 い縋 る人達を残しては行けないという気持ち。
信頼が重い枷 になって本来の意思に絡みつく。相反する思いの間で何時しか身動きが取れなくなっていったのだ。
(こんな弱い存在であってはいけないのに・・・)
俯 いて落ち込むトウキを、今度はダツラが後ろから抱きしめる。
「あー。デリスが泣かした-!」
「何でそうなる!!ってか泣いてねーだろうが!!」
まるで小学生のようなやりとりを繰り広げる。
「ごめんね。上に戻ったら僕がすっごく気持ちいい事してあげるから」
楽しそうにそう言いながら更に強く抱きしめる。
「って。まだ連れて歩くきか!? 」
どうやらどうあっても持って帰る、もとい連れて帰るつもりらしい。
トウキが何か言おうと口を開くが直にダツラの手で塞がれてしまう。
「こらこら、しゃべっちゃダメだよ。傷が悪化して永遠に話せなくなっちゃうよ ?」
軽くたしなめる様に言うと、指先でトウキの首筋をなぞる。
「っっ??」
全身が粟立つのを感じて無我夢中でダツラの手を振りほどくと、思わず目の前のデリスの袖を掴んでしまう。
それとほぼ同時に照明代わりに壁に掛けられていたランタンがダツラの顔に投げつけられる。
「だから、どこでも欲情するんじゃねぇつってんだろ!! 」
ものの見事にランタンが頭に命中したダツラが仰け反る。
「貴様らいつの間に!? 」
下から上ってきた信者の男が驚いた様に3人を見ている。
「はぁ・・・デリスが大きい声だすから 」
「オレの所為かよっ! 」
この場合どっちもどっちなのだが、そのやり取りの間にもあちこちから騒ぎを聞きつけた信者達が現れる。
「さすがにちょっとヤバい? 」
ダツラが辺りを一瞥して呟く。こんな状況下では取るべき道は一つしかない。
「クソッ!」
デリスが近くにいた数人に回し蹴りを放ち昏倒させるさせるとそのまま一気に階段を駆け上がる。
幸いにも上に続く道には人があまりいない。袖を掴んでいるトウキをそのまま引きずる様にダツラが言った通りの道順を走る。
階段を登り抜け先程の建物を目指す。
今度は何の攻撃を受けることもなく、あっさりと扉の前まで辿り着いた。
とは言え3人を追いかける人数はかなりの数に増えている。
「先に」
短くそう言うとダツラは踵 を返す、両手にはいつの間にか銃を携えている。こんな状況下でも相変わらず笑みを浮かべているのは自信と余裕の表れだろう。
視線の先に女性信者がいるのが気になるが、今は無視して扉に突っ込む。
窓は無く壁の燭台だけが建物の内部を照らしている為、一瞬薄暗さに目が眩む。絨毯の敷かれた廊下を走り抜けると六角形上のホールに出る、デリスは躊躇 う事無く突き当たりの観音開きの扉へと入っていった。
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