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第2章~夜明けのブランル(中)~
飛び込んだ場所は礼拝堂だったらしく、薄暗い円形状の室内には多くの長椅子が置かれており中心部には一段高くなった場所に演説台がある。
神経を研ぎ澄ますデリスの横で呼吸の整わないトウキが細かい息継ぎを何度もする。
(苦しいです・・・・・)
「って何でオマエが此処にいるんだよ!!」
只でさえ喉に傷があるというのに此処まで全力で走ってきたせいだろう、デリスが怒鳴るのと同時にトウキは膝から崩れ落ちてしまう。
確かに袖を掴んでいたため引きずられる様に走って来たのだが、途中からデリスの方がトウキの腕を掴んで走った為止まる事も出来ずにここまで全力疾走せざるを得なくなったのだ。
「・・・・」
デリスもそれを思い出したらしくばつが悪そうに頭を掻かく。だが、微かに響いた金属音に一瞬にして顔を強張らせる。
何とか立ち上がろうとするトウキの頭を抱えてデリスが床に倒れこむのと銃弾が2人の頭を掠 めるのは、ほぼ同時だった。
「動くなよ!」
(きゅっ)
念を押す様にトウキの頭を床に押し付けるとデリスは長椅子を飛び越え躍 り出る。
いつの間にか中央には銃を構えたゴバイシがいた。間髪入れずに放たれた二発目の銃弾が今度はデリスの肩を掠める。どうやら、腕は確かならしい。近くの長椅子に転がる様に身を隠す。
「異端者の分際で、どうやってトウキを手懐けた 」
見下す様な声が向けられる。デリスは銃弾を避けて再び別の長椅子の陰に転がり込む。
「んなに心配なら箱にでもしまっとけ!」
デリスが悪態を付く、思うように動けない事に苛立ちを隠せない。
「貴様如きには分からんだろう。この子が信者に与える存在の重さなど」
「ふざけんなっ! 」
ゴバイシの一言に怒髪天を突いたデリスが長椅子の陰から立ち上がり真っ直ぐに睨み付ける。
「だったら・・・だったら何でコイツを盾にした」
(・・・・・デリス・・・・さん)
あの時、ほんの一瞬すぎてデリス以外誰も気付かなかった事。
トウキは確かにゴバイシを庇 おうと飛び込んだ。
恐らく体当たりか何かをして攻撃を避けるつもりだったのだろう。ゴバイシはその伸ばした手を掴み自分の前にトウキを引き出したのだ。
「悲劇、は人の心を動かす最大の理由だ。もしそれが『死』だとすれば尚更高まる 」
生きているか死んでいるかは彼にとって些細な事なのだ。
教団の為にその身を捧げる、其れこそが必要な偶像としての姿。もしあの場でトウキが死んでいたとしても美談としてその死を美しく飾り立てられていただろう。
そして新たな偶像が奉られていく。
「ヒトをオモチャにしてんじゃねーよ 」
死は死でしかないのだ。死ぬ間際に何を思っていたのか、そこに理由を求めるのは何時も生きている方なのだ。
地面を蹴ってデリスが駆け出す、それと同時にゴバイシが銃を放つ。避け切る事ができずに銃弾が頬を掠めてめそこから血が滲んでゆくがそれでも立ち止まる事無く更に駆け寄る、ゴバイシが次の狙いを定めるよりも速くデリスが剣を振り上げる。
半歩後ろに下がったゴバイシが演説台の下に設けてあるスイッチを足で蹴飛ばす。
「何っ!」
一瞬にして室内が明転する足元からの眩しさに目が追い着けずにデリスはよろける。
本能的に剣でガードするがその所為でゴバイシの銃に剣を弾き飛ばされてしまう。甲高い金属音を立てて宙を舞った剣は絨毯の敷かれた床を滑って行く。
デリスは目頭を押さえながらその方向を耳で追う。だが明るさに目が慣れるよりも前に冷たい銃口がデリスに向けられる。
「所詮は不作法者の悪あがき」
蔑 む笑みでゴバイシが言う。
デリスは舌打ちすると苦々しげに笑う。
「他人を食い物にして生きてるテメーよりはマシだ 」
引き金が引かれた。
キィィーーーーン
だが銃弾はデリスの身体には当たらず硝子が割れる様な音を立てて何処かへ跳弾してしまう。
「何だ・・コレ? 」
呆気に取られたデリスが目の前を指差す。
彼の周りを覆う様に淡い光が壁を作っている。再びゴバイシが立て続けに銃弾を打ち込むが淡い光の壁は全て跳ね返してしまう。
「トウキッ! 」
非難めいた叫びをゴバイシが上げる。
見ればデリスの傍にはいつの間にかトウキが駆け寄っていた。身体の前に差し出した両手からはデリスを覆う壁と同じ淡い光が溢れている。これがゴバイシの言う“価値”なのだろうか。
「っ・・・・・・!」
トウキは唇を噛み意識を両手に集中させるが、その顔には徐々に疲労が浮かんでくる。
そしてそれに呼応するかの様に光の壁も硝子の様に罅割れていく。
「くそっ! 」
余計な事するんじゃねぇっ。
そう心の中で悪態を付くとデリスはゴバイシに回し蹴りを放つ。
「!! 」
ちょうど罅割れた部分に当たるとデリスの蹴りは光の壁を突き破りそのままゴバイシの顎に命中する。
予想だにしなかった攻撃にゴバイシはそのまま弾き飛ばされ演説台に体を叩き付けられる。
「おのれ・・・・ 」
顎を押さえよろけながら立ち上がるゴバイシに、デリスはいつの間にか拾いなおした剣を持ち駆け寄る。
トウキが止めようと手を伸ばすが、その指先を掠めてめてデリスは剣を突きの体制で駆け抜ける。
「ひっ・・ひぃぃ・・・」
その切っ先は確実にゴバイシの首を捉 えている。
ガッ
刹那、重たい音が上がる。
デリスの剣はゴバイシの首を横数ミリずれて演説台に突き立てられていた。
「選べよ 」
今にも卒倒しそうな司祭にデリスは顔も上げずに殺気を纏 い言い放つ。
「今この場でオレに殺されるか、尻尾巻いて逃げて二度と姿を現さねーか。さっさと選べ 」
そう言い顔を上げたデリスが睨みつける。
「なっ・・・何をバカな 」
ゴバイシが辛うじて声を絞り出す。
「本当に馬鹿はどっちかな? 」
その場に似つかわしくない明るい声がフロアに響く。見ると扉の前に追いついたダツラが立っている。
「アンタがデリスに命乞いして、信者見捨てて逃げ出した言ったら皆信じたよ?ま、此処ももうお仕舞いって事だね 」
ダツラが嘲 り混じりに笑う。
「そんなバカな・・・・ 」
ゴバイシが青ざめた顔で噛みつく。
「別の教団の内通者でもいたんじゃないの?意外と協力してくれたよ」
依頼内容にはなるべく信者を殺さない事が含まれていた。
それは一重に他の教団の内通者がいたためだろう。
司祭と言う支えをなくして迷う信者達を、あわよくば自分達の教団に引き込む算段だったらしい。
後は混乱に乗じてデリス達に協力すればいいのだ。
勿論その際に根底からこの教団を信じている信者はダツラの銃の犠牲になったが・・・・。
この面子の手前ダツラはその事を言うのは控えていた。別にわざわざ言う必要もないだろう。
デリスはゴバイシに向き直る、その目は冷たい光を宿している。
「何も残ってねぇんだ。生きてたってしかたないだろ!? 」
そう言い持っていた剣を構え直す。
「ひっ・・・・ 」
完全に理性を失ったゴバイシは縺 れた足でその場を飛び退くと、壁際のカーテンに隠れていた小さな扉から逃げ出そうとする。
「ああ、言い忘れたけど」
別段彼を止めるでもなくデリスがのんびりと声を掛ける。
「他の信者には会わない方がいいよ?何しろ引き留めるトウキ君を殺して逃げたって言っちゃったからね 」
驚いてダツラの方を見上げるトウキに彼は軽くウィンクしてみせる。
こうすれば裏切ったのはトウキではなくゴバイシと言う事になる。
怒りからか、はたまた恐怖なのかは判らないが扉に手を掛けたゴバイシの身体は震えていた。だがそのまま振り返る事無く出て行った。
デリスが軽く溜息を付くと引き抜いた剣を鞘に収めながらトウキ達の方に歩いてくる。
「いいの?生かしておいて。後で面倒な事になるかもよ?」
自分の事を棚に上げたダツラの言葉を受けて、デリスとトウキの目が合う。
「別にあれくらい、大したことにならねーだろ 」
デリスはバツが悪いそうに直ぐ目を逸らす瞬間、トウキには理解できた。
これは彼なりの借りの返し方なのだろう。
(ありがとう・・・・ございます!)
「だがな・・・それとこれとは話が別だ 」
言うなりトウキの頭を鷲掴みする。
「テメーは余計な事、勝手にしてんじゃねーよ! 」
どうやら助けられたのが不服だった様子でこちらは本当に怒りで身体が震えている。
流石に頭が痛いのでトウキは藻掻いてデリスの手から逃げ出すが、内心はうれしかった。
自分の思いはちゃんと伝わっていてデリス達はそれを汲 んでんでくれたのだ。
トウキは改めて2人に向き直ると深々とお礼のお辞儀をする。
デリスはそれを見て舌打ちをしてだまってしまった。
どうやらこれも『余計な事』らしい。それでもトウキの顔からは嬉しさを隠し切れずに笑みがこぼれる。初めて見せる年相応の明るい笑顔。
(あ・・・れ・・・・?)
「おっ・・・おいっ!! 」
驚くデリスが声を上げる。
笑顔を見たダツラが抱きつく前に力尽きたトウキは床に崩れる様に倒れてしまったのだ。
トウキの喉元に巻かれた包帯からは、滲 んだ血が既にローブを染め出していた。
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