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第3章~騒がしきエコセーズ(前)~
太陽が東の空に昇りきると橙色の朝日が埃 っぽいモーテルの一室に差し込んでくる。
次の依頼が押してしまったため、一睡もする事無く次の場所へ移動する事になったのだ。
指定された場所は此処からそう遠くはない、時間も夕刻の予定なので歩いて行っても余裕がある。
そのあたりに問題はない、のだが。
「・・・・で、何だこれは・・・ 」
憮然 として腕を組むデリスに対してダツラが嬉々として答える。
「カワイイでしょ?うん、やっぱ赤を基調にして正解だね。髪の色とも合ってるし」
二人の視線の先にはダツラによって着替えさせられたトウキがいた。
問題はその格好である。
緋色のローブとミニスカートはどちらもベロア素材で黒のレースとリボンが沢山あしらわれ、頭には真紅の薔薇が大量に飾られたヘッドドレスを着けている。
「だーーー!目立つ行動を控えろつってんだろがっ!?」
いくらトウキが死んだ事になっているとは言えその容姿には特徴がありすぎる。
ほとぼりが冷めるまでは大人しくしているのに越した事はないのだ。
ツッコむデリスを横にダツラはにっこりと笑ってトウキを抱き抱える。
「うん。だからこうすれば、お人形さんだと思われて安全だよ? 」
「んなワケあるか!?だいたい人形抱えて町を歩くヤツがいるか!! 」
実際にそういった嗜好を持つ人間もいるが、それは敢えて言うまい。
「・・・・・」
そこでデリスがダツラの腕の中で微動だにしない・・・・・・ようにしているトウキに気が付く。
どうやらトウキなりに人形のフリをしているらしい。
「オマエも頑張るなっ! 」
(いたっ!)
言うが早いがトウキの頭にチョップを浴びせる。傍 から見ると三人で漫才の練習でもしているかのように見える。
「だいたいコイツは男だろうが 」
「あれ?女の子だよね? 」
デリスが一番の問題点を指摘すると、とぼけた様に答えたダツラがトウキの体に指を這 わせる。
喉元をくすぐるようになぞると、性別を確かめるように指をトウキの胸、腰へと下ろしていくともう片方の腕で閉じ込めるようにトウキを抱きしめる。
「? ? 」
訳が分らずに驚いたトウキが思わずデリスの方に手を伸ばす。
「いいかげんにしろ!このセクハラ医者!!」
さすがにツッコミ疲れたデリスが、蹴りでとどめをさした。
「とにかく、オマエも着替えろ」
その意見にはトウキも賛成だったらしく、頷いてローブのリボンを解いていく。
その着替えを手伝おうとするダツラの頭をがっちりホールドしつつ、デリスはこれから先の事を考えて深いため息を吐いた。
結局、朝方の調子で道すがら漫才の様なやり取りを繰り返していたため着いた時には夕刻ギリギリの時間、強い日差しを放っていた太陽は既に西に傾いていた。
『ドラーゲン』と『背徳の町』前者はその町の本来の名前であるが誰ともなく後者の呼び方になっていった。
もっとも、今の世では背徳でない町を探すほうが難しいのかも知れないが。
以前は栄えていたのであろうその町は、今は見る影も無い。
三人が歩いて来た平野とは変わり、一歩踏み入れると町は荒廃の極みを迎えていた。
(ここは・・・・?)
殆ど教団の施設から出ることの無かったトウキは不思議そうに辺りを見回す。
隙間無く建てられたビルはどれもコンクリートが崩れ落ち鉄芯が剥 き出しになり、所々で電線から火花が散っている。
錆 と焦げた臭いが鼻を付く。
「・・・・・・・」
トウキは視線を上げて頭上を仰ぐ、摩天楼の残骸は陽光を遮 り町全体を薄暗く染め上げている。
「天使の爪痕 」
どす黒い水溜りを避けながらダツラが話し出す。
彼曰く、この町は本来北側にある森林公園の所が町の中心部だったらしい。
けれども80年前、第2の天使が降り立ち一瞬にして中心街は焼き払われてしまった。
「で、以来生き残った人間が郊外だったこっちに移り住んで暮らしてるワケ」
復興させるには余りにも生き残った人々が少なかったのだろう。
生きるために生活していくのが精一杯なのだ、だが町を復興させなければまともな生活は送れない。その悪循環が今日まで続いたのだろう。
「何なんだお前らは」
急に、前を歩いていたデリスが立ち止まり後ろを振り返る。
自分に言われたのかと思いトウキが立ち竦 むが、デリスの視線はその先に向けられていた。
彼の言葉に反応する様に物陰から男が二人現れる。
薄汚れた衣類を纏 い手にはどちらも銃を持ち、三人に狙いを定めている。
「お約束だね 」
ダツラが笑いながら呆れた様に軽くため息をつく。
「有り金とその子供を置いていきな 」
男がしわがれた声で言う。
「あぁ?何でテメーらの言う事きかなきゃならねぇんだよ!?」
ガラの悪さでは負けていないデリスが苛立った声を上げ睨み付ける。
「まぁ、2人だしここは任せるよ。僕はトウキ君と後ろで楽しい事してるから」
いらない一言を添えたダツラが、不安そうにデリスを見るトウキの手を引きながら後ろへ下がる。それと同時にデリスが二人の間に立つ。
「今時、銃を持たないなんざ酔狂なヤツだな 」
男がデリスの背中にある剣を見て嘲 る様に笑う。
「はん。テメーらなんざ素手で十分だ 」
言うが早くデリスは腰を深く落とし相手の懐 に駆け寄ると、その勢いのまま腹部に肘鉄を食らわせる。
不意を突かれよろめく男から蹴りで簡単に銃を叩き落してしまう。
後ろの男が銃の引き金を引くが紙一重でかわすと男の側面に回りこみそのまま顎を蹴り上げる。
なす術も無く男はその場に崩れ落ちる。
その瞬間、先ほど攻撃を受けたもう一人がデリスの肩口にナイフで切りかかる。
だが、ナイフが振り下ろされるよりも速くダツラが引き金を引いた。
「危ない! 」
注意を促す声と共にダツラが銃を放つ。
放たれた銃弾は見事にデリスの頬をかすめて飛んでいった。
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
その場にいた全員の時が止まる。
「テメェ・・・今、オレのこと狙っただろ! 」
真っ先に呪縛から開放されたデリスが、ならず者そっちのけでダツラに掴 みかかる。
「いやぁ。援護しようと思ったんだけどね。急に動くから」
笑いながら弁明するダツラは視線を後ろの廃屋に向ける。
どうやら物陰からデリス達を狙っていた狙撃者は今の一撃で事切れた様だった。
その事はトウキやならず者は勿論、デリスですら気付いていなかったが。
「ざっけんな! 」
怒りと共に足元のコンクリートの塊をダツラに蹴り上げるが、あっさりと避けられてしまいそのままコンクリートの塊は再び切り掛かろうとしていたならずものの顔面に命中した。
「あんまり怒りっぽいと懐 いてもらえないよ?ねー? 」
デリスの攻撃を避けながらダツラがトウキに話を振る。
「?」
聞かれたトウキは不思議そうに首を傾 げる、そのままダツラに抱え上げられてしまった。
デリスが剣を抜きダツラに切り掛かるが、ダツラはトウキを抱えたまま器用に刃を避ける。
そんなじゃれあう三人は気付かずにいた、更に別の場所からも視線を受けている事に。
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