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第3章~騒がしきエコセーズ(中)~
「と、言うわけで僕等はお仕事に行ってくるからイイ子で待っててね 」
酒場のカウンターの椅子にトウキを座らせるとダツラは悪戯っぽく笑う。
「・・・・・・・」
トウキは小さく頷くと二人を見上げる。
何所からとも無くダツラが取り出したのは真っ白なウサギのヌイグルミ。
紐とチャックが付いているので一応はリュックなのだろう。
(ふわふわ・・・・えっと・・・モコモコ?って言うのかな?)
受け取るとウサギの柔らかな手触りにトウキは少し照れながらも微笑む。
(ありがとうございます)
「あぁ、もうっ直ぐ帰ってくるから! 」
その愛らしさに、胸だか股間だかを打たれたダツラが押し倒す勢いでトウキに抱き付く。
「あ、こっちはデリスだと思ってね 」
「って何でオレが藁人形なんだよ! 」
先ほど大暴れしたのにも関らずデリスがダツラの差し出した物を見てツッコむ。彼の手には禍々 しい呪いで使う人形が握られていた。
「ちょっとユーズド感あるけど」
「しかも既に使用済みかよ! 」
今日何度目か分からない怒髪点を付いたデリスがダツラを締め上げる。
「ふざけんな!今この場で斬り殺すぞ」
冗談なのに―――と言うダツラの声には耳を貸さずそのまま彼を投げ捨てて出口の方へ歩き出す。
「 だいたい、良いのかよ。猫可愛がりしてる割にこんな場所に置いといて」
デリスは振り返らずに予 ててからの疑問をダツラにぶつける。
時間の関係で店内にはほとんど人がいない。加えてトウキが座っているのはカウンターの一番端、入り口から見て死角になっている。
とはいえ一人で居れば人身売買のかっこうの獲物になってしまう。
「ああ、それなら大丈夫 」
ダツラが事も無げに言う。
「さっきマスターに頼んで、トウキ君に近寄る人間は全員撃ち殺して貰うことにしておいたから!」
「恐ろしげな契約交わしてんじゃねー!マスターもいい顔すんなっ!! 」
デリスは両手に銃を構え誇らしげに頷く店の主人を指差す。明らかに彼は殺る気十分である。
一通りツッコむと、デリスは今日二度目の派手なため息を付いた。
「妙なガキ・・ ・・」
店を出た所でデリスが呟く。
「えー?カワイイじゃない。おっきい目とかふわふわの髪とか、椅子に座ると足が着かなくて宙に浮いちゃう所とか 」
熱弁を振るうダツラを無視してデリスは思案を巡らせる。
戻って来ると言うダツラの言葉を彼は少しも疑っていなかった。こんな場所では普通は置き去りにされる場合が多いのに、デリス達を信じきっている様だった。
「デリスはカワイイと思わないの?」
確かに目鼻立ちは整っているし綺麗なのだろう。
だからこそ疑問が湧いて来るのだ。この時勢にあんな子供が生き残って行くには二つしかない。
他人を犠牲にするか、自分を犠牲にするかだ。
だがトウキにはそんな雰囲気は全く見受けられない。
上手くは表現出来ないが、教団の薬による暗示でそうなった訳ではなさそうだ。
ましてやデリス達を騙そうという演技などでは決して無い純粋さと清らかさがそこにはある。
となれば最初にダツラが言った様に何処かの家、それも裕福な家から誘拐されて来たのだろう。
見たところかなりポケっとしているし。
「チッ!」
何にせよ、さっさと出所を見付けて戻さない事にはやりにくくて仕方が無い。
「で、今回はどんな内容?」
一通り話して気が済んだらしいダツラが急に真顔になって聞き出す。
デリスは無言で持っていた紙を叩き付ける様に渡す、悔しいが簡単な単語しかデリスは読む事が出来ない。
こんな世情では読み書きが出来ない事は珍しくもないし、必要ともしてこなかった。
一方ダツラの知識量と射撃の腕前に関してはデリスも認めざるを得ない。
だがそれ以上にこの男は奇行が目立つ。
本気、と言う物が彼からは感じられないのだ。常に飄々 と胡散臭い笑顔で仕事をこなしてゆく様は薄気味悪くすら感じる。
それでいて彼自身について確信に迫ることははぐらかしてしまう、コンビを組んで半年になるが未だに素性も経歴も不明なままなのだ。
この男が呆れる程下世話 と、言う事以外は。
(・・・にしてもコイツは毎回、面倒ごとを持ち込みやがって・・・・・)
詮索 する事が嫌いなデリスにとって、ダツラの過去などどうでもいい事だ。
ただ彼の節操の無さにはかなり迷惑を被 ってっている。相手が女性なら見境無く欲情するし、そのせいで面倒事に巻き込まれることも少なくない。
今回のトウキの件にしても手助けしたいのは三割程度で残りの七割は別の意味で連れて来たのだろう。
――男に欲情しているのを見るのは初めてだが・・まあ、トウキの場合男として認識されていないのかもしれない。
「ロートコン 」
今までの事を思い出して怒りに打ち震えるデリスに気付いていないダツラが読んでいた紙から顔を上げる。
「あっ? 」
いきなりダツラが発した名前にデリスは眉を顰 める。
「狂騒の根、アトロピンリゾマって言った方が分かりやすいかな」
ダツラが付け加えた名前には聞いたことがあった。
『アトロピンリゾマ』一年程前から賞金が掛けられている男だ。
確か最初の犯行が行われたのが約三年前、この町ではないが女性や子供が暴行された後に切り刻まれる事件が連続して起きていた。
犯人は直に特定できたが警察はその男を逮捕することができなかった。
無能や怠慢ではない、多少はそれもあっただろうが何よりもその犯人が強すぎたのだ。
武装した警察官達は意図も簡単にその刃物の餌食となってしまったのだ。
以来三年間、男は捕まることなく各地を転々として犯罪を繰り返している。顔も名前も判明しているのに逮捕できない犯罪者、それがアトロピンリゾマなのだ。
「おもしれぇ。で、そいつが今ここにいると・・・・ 」
デリスが不適な笑みを浮かべて聞き返す。
警察が匙 を投げ出した男、賞金を掛けたものの未だ捉 える事ができない犯罪者。
腕が鳴る、久しぶりに大暴れできそうな相手に興奮を覚える。
「ちょーい待った。今回は・・・他の連中と一緒に組む事になってるみたいだね」
場所も分からないまま歩き出そうとしたデリスを紙の下の方に目を通していたダツラが制した。
「はぁっ?どういうことだ!? 」
デリスが思いっきり怪訝 な顔で睨み付ける。
「そのままの意味だよ。この仕事に参加する人間は一度全員集まって作戦を立てるみたいだね。ま、相手が相手だし無謀に突っ込んでいくのは賢い策じゃないってこと」
被害者は全員頭から下が切り刻まれていた、引き裂かれたと言った方が正しいのかも知れない。
人伝に聞いた話だと体は鋭利な刃物で縦に細く幾本にも裂かれ、遺体はまるで根の様に見えたと。
狂騒の根、奇妙な名はその犯罪方法が由来なのだ。
「だからって子供 じゃあるまいし。一緒に行動も無いだろ!? 」
元来賞金稼ぎや何でも屋は、個々の集まりであり組織ではないのだ。
利害の一致からパートナーやチームを組む事はあっても、せいぜい3~4人程度でそれ以上になることはほとんどない。ましてや他のチームと合同で仕事をする事などまずありえない。
「まぁまぁ。何か良い情報が得られるかもしれないし、会ってみれば?・・・カワイイ女の子がいるかもしれないし 」
揚々 と歩き出そうとするダツラを今度はデリスが襟首を掴 んで制した。
「オレ1人で十分だ。テメーは今日の寝床でも確保しとけ 」
このまま一緒にいるとアトロピンリゾマと出会う前に面倒事を起こされそうだ。
「はいはい。シングルとツインでいいかな? 」
あっさりと承諾したダツラが簡単な地図を書いてデリスに渡す。
「テメーがシングルでよければな 」
地図を引っ手繰るとダツラの言い分は聞かずに歩き出した。
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