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第3章~騒がしきエコセーズ(後)~
「気をつけて」
デリスにそう一言投げかけるとダツラは反対側に歩き出す。別に本気で彼の身を案じて言っている訳ではない。
この程度の仕事で彼が死ぬとは思っていないし、死んだところでどうと言う事でもない。
ただ、一つ気になる点がある。トウキとの事だ。
あの子と出会ってから彼の行動が多少なりとも変わった気がするのだ。
そう思ったのはこの町に着いて早々のこと、普段ならあんな連中簡単に血祭りに上げている所なのに彼はあえて武器を使わずに戦っていた。
血生臭い状況になるのを避けた様に感じられたのだ。
彼がそこまで意識してやったとは思えないが、トウキを連れてくるのを反対したのには足手まといである以外に何か理由があるのかもしれない。
(ついでに調べてみるかな?おもしろそうだし)
ダツラは自嘲 的な笑いを浮かべた。彼と出会う人間は全員その性格に閉口して苦言する
――少しは真面目に生きたらどうか――と。だが長年に渡って染み付いたこの性格を早々に変えられる物でもない。
それに楽しみのない人生に何の意味があると言うのだろうか。
「はあっ!?仕事がねーってどういう事だよ! 」
開口一番デリスは苛立ちを目の前の同業者にぶつける。
「だから無いんじゃなくて進められないんだよ」
そう答えたのは真ん中にドクロが大きくプリントされている黒いシャツを着た男。
年齢はデリスと大して変わらない様に見える。
彼が言うには他のメンバーが偵察がてら先に行動してしまったため、彼等の帰りを待たなければならなくなったのだ。
「マジでおれらも困ってんだよ。つってもアトロピンリゾマがどこにいるのか確かな情報もないし 」
まあ、連中が何か掴んで戻って来るの待つしかねえよ。と男は面倒くさそうに答える。どうやら伝令係りにされたのが不満らしい。
「9時には戻ってくるらしいし、そん時また集合でいいんじゃね?」
男はデリスの方を見ずにそう言いながら服を引っ張っている。別にシワを気にするような服でもないだろうに。
「戻って来なかったら? 」
「そんときゃ、そん時。作戦立て直すだけだろ? 」
男は小馬鹿にしたように答える。
『何でも屋』を生業 としている人間にとって、他の人間が逃げようと死のうと依頼が成功すれば問題はない。臨機応変、悪く言えば場当たり的なのだ。
消えた人間は最初からいない事になる、気に掛ける事などない。それが暗黙の了解のようなものなのだ。
「なあ、もう行っていいか?アンタで最後なんだよ 」
男はそばにいた仲間を一瞥 すると再びシャツを引っ張る仕草をする。どうやら単に暑いだけらしい。
その様子をデリスは冷たげな目で見ていた。
「・・・・・・・・・」
カウンターの椅子に座ったトウキは小さく溜息を吐いた。
済 し崩しとは言え2人に着いて来たのだ。
教団からは離れなければいけないと思っていたから助かったのだが、このまま世話になっていいものだろうかと思う。
何しろトウキの事を知る人間などいる筈がないのだ。
とは言え自分が何者かを告げた所で信じてもらえるだろうか。
いや、それは天使の姿を見せれば問題はないだろう。
けれど自分が第7の天使だと伝えた時にあの2人は自分に何を望むのだろう。
この世界の終焉 だろうか、終焉を止める事だろうか。
それともこの存在自身の消滅だろうか。
(みぅ・・・・・・・)
考え倦 ねたトウキは項垂 れてしまう。
自分の中にある不安を突き止めては自分の深層を見てしまい落ち込む。
おおよそ天使とは程遠い不安定な精神 。もっとも自分は天使ではもうないのだが。
なぜならトウキが抱えている問題はそれだけではないからだ。
飲んでいたミルクのカップを置くとポケットから小さな真鍮製の棺 を取り出す。
片手に収まる大きさのそれは中央部分に切れ込みが入っていて、観音開きの様に開く仕組みになっている。開けると中には鏡が張られておりその上に小さなプラチナの針が収まっている。
(・・・・・・・お父様・・・・僕は・・・・っ!?)
物憂 げにその針を見つめ想っていたトウキが目を大きく開いて耳を澄ました。
知っている名前が聞こえたからである。トウキが座っているカウンターの真後ろ、衝立 があるため姿は見えないがどうやら二人の男が何か相談をしているようだ。
「まさか本当に引っかかるとはな。でもこの先どうするんだ?」
周囲に人がいない為か男達は声を落とさずに話している。
「だから言ったろ。危険な仕事ほど食いついてくるヤツだって」
そう答えた男はそこで役者の様に間を置くと再び喋りだす。
「与えられた情報がニセモノだとしてもな」
酒、と言うよりも自分の作戦に酔っている口振りで男は話している。
「でも本当に殺せるのか?デリスを、あの人殺しが」
物騒な発言にトウキは驚いてさらに耳を澄ませる。
心臓の脈打つ音が耳の裏側から聞こえてきて、ともすれば2人の会話が聞こえなくなりそうになる。
「いくらデリスという男でも、アトロピンリゾマ相手に1人じゃ分が悪いだろ。死なないまでも無事ではすまない。そこをー 」
俺達全員で掛かれば――。
突然の事態にトウキの頭は混乱しかかっていた。
どうにか得た情報を整理すると、デリスは後ろで会話をしている2人とそれ以外の人によって殺される計画が成されており、その計画というのがアトロピンリゾマという犯罪者と一対一で戦わせる事によりデリスを殺す、無いし弱らせるという事。
―どうすればいいのだろうか。どうすれば?
トウキはカウンターの上に置きっぱなしにしていた真鍮の棺に目をやると、迷いを打ち切るように両手で棺を握り締め目を瞑 る。
(やらなくちゃ・・・・!)
どうするか、ではないのだ。自分がやらなければならないのだ。デリスがアトロピンリゾマに会うのを止めなければ、相手が犯罪者ならば尚更だ。
彼が遭遇する前に、自分がアトロピンリゾマを倒さなければ―
決意を秘めて開かれた真紅の瞳が真っ直ぐに前を見据える。
(それが・・・・・)
それが『断罪の天使』としての役割なのだから・・・・・
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