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第4章~絡まる想いに注ぐミュゼット(前)~

紫苑色の空を過ぎた夜空には星が幾つも瞬いている。 「まぁ泊まれる所ここしかないし、同業者が集まればこうなるよねー 」 ダツラはのんびりとした口調で話す。 だが口調とは裏腹に両手ではデリスの剣を受け止めているというかなり危険な状況である。 「役立たずーー!! 」 白羽取りされているにも関わらず、デリスは更に剣に力を込める。 三人が居るのは宿屋の二階にある一室。町には宿泊施設がこの簡素な宿屋一つしかなく、アトロピンリゾマを討伐同業者達が一度に集まってしまったため2人用の一室を残して、部屋はすべて埋まるという状況になったのだ。 わざわざ泊まりに来るような町ではないので、宿屋側もこの様な事態を想定していなかったのだろう。 宿屋の主人が嬉しい悲鳴を上げる代わりにダツラが断末魔の悲鳴を上げる破目になりそうだ。 「別にいいでしょ?ベッド2つあるんだし」 刃の下に居ても全く動じないと書くと聞こえはいいが、何故か今一つダツラの場合決まらない。 「いい訳あるかっ! 」 冷静に考えれば小柄なトウキがどちらかと一緒のベッドに寝てもさして支障は無い訳だし、部屋の隅に置かれているソファーに誰かが寝れば問題ないのだが、今朝から番狂わせばかり起きているデリスにそこまで考える余裕は無いようだ。 「だから僕がトウキ君と一緒に寝るってー」 そこまで言うとダツラはトウキの方に目をやる。元から影のある子だが先程から更に塞ぎ込んでいるように見える。 「あ、デリス。時間、時間! 」 流石に刃を両手で止めている体勢に疲れたのだろう、蜘蛛の巣がチェーンになっている腕時計を見ながらダツラが早口で言う。 「ケッ! 」 その瞬間。 「んなっー!」 忌々しげに舌打ちしたデリスが(きびす)を返してドアの方に向かうと、それを見たトウキが弾かれたように彼の服に(すが)ったのだ。 けれどその場所が悪かった。トウキは先程から床に直に座っていたため掴んだのはデリスの足首辺り、不意を食らったデリスが頭から床に激突する破目になったのだ。 「何なんだよオマエはっ! 」 何とか引き()がそうとするがトウキは頭を激しく振って離れようとしない。 (行ったらダメです!罠なんです) その様子を何故か羨ましげに見ていたダツラが首を傾げながら尋ねた。 「もしかして、危険だから行くなって事? 」 「あぁっ?ふざけんな!何でテメーの指図を受けなきゃなんねーんだ!! 」 噛み付く勢いでデリスがトウキに怒鳴る。 こんな仕事をしていれば死など何時も自分の真後ろに在る様なものだ。 依頼からの怨恨、仲間の裏切り、自分が四方から命を狙われている事も他の同業者にどんな目で見られているかなども『何でも屋』の仕事をしていれば重々承知できる。 今更目の前にいる子供に注意や説教される()われはない。 「まぁ、あのアトロピンリゾマ相手だしね。やっぱり僕も行こうか? 」 トウキを宿に一人残して行くのは心許無い事もあって、当初はデリスのみ依頼に対応する事になっていたのだ。 「いらねーつってんだろ!あっ・・・おい!! 」 一瞬の隙を突いてトウキはドアの外へ駆け出してしまう。 (ごめんなさいっ・・・・・!) 「待ちやがれーーーっが! 」 トウキを追おうとした二人の前には淡い光の壁が行く手を(さえぎ)っていた。 「何コレ? 」 初めて見る光の壁に驚いているダツラの横では、デリスが思いっ切りぶつけてしまった頭を押さえている。 「あんのクソガキ! 」 階段を駆け下りると勢い良くトウキは建物の外に出る。 自分でも起こしてしまった行動に驚きを隠せずにいた。とにかく2人より先にアトロピンリゾマに会わなければ。酒場に居た男達の情報で彼等の計画の大体は理解できた。 アトロピンリゾマがどのルートを通って現れるのかも。 (デリスさんを助けないと・・・) 瓦礫の間を抜けて町の外れを目指す。 実はデリスをからかうのに飽きたダツラは予定より早く彼に時間を告げていたのだ、となれば上手くいけば先回り出来るかもしれない。水たまりを飛び越え角を曲がった所で立ち止まる。 「!」 トウキの目の前には月をバックに一人の男が佇んで立っている。赤い長袖のシャツにジーンズを着たどこにでもいるような青年だ。 だが彼の足元には既に事切れた人間が横たわっている。暗闇なので遺体がどんな人物であるのか判断が付かないが、切り刻ざんでいる最中だった様だ。  青年と目が合う。  その顔からは感情や考えは読み取れない。無表情と言っても良い位だ。  青年は顔色を変える事無く死体の方に向けていたナイフを逆手に持ち替える。どうやら新たな獲物に狙いを定めたらしい。 「・・・・・・・!」 青年との間には大よそ十メートル程の距離がある。 トウキは地面を蹴ると脇の道へと駆け出す、このまま行けば人気の無い町の外へ出られる。 射る様な鋭い視線と気配を背中に感じながら、トウキはその場所を目指した。

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