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第4章~絡まる想いに注ぐミュゼット(中)~
「成る程ね。あの子は本物の『巫女様』だったて訳だ。教団が固執してたのも分かるよ 」
宵闇の町を走りながらダツラは、デリスから聞いた大雑把な説明に一人納得していた。
「ふざけやがって!あのガキ 」
怒り心頭のデリスは、同じ事を繰り返し言っている。
「で、心当たりはあるの? 」
光の壁を壊すのに時間が掛かってしまった為トウキの姿はもう何処にも見当たらない。
闇雲に走るにはドラーゲンの町は広すぎる。トウキにいったいどんな勝算があって飛び出して行ったのか。アトロピンリゾマと対峙するつもりか、それとも他の何でも屋達の所に向かったのか。
いずれにせよあの光の壁の力だけで渡り合うには無謀が過ぎる。時間が掛かったとはいえダツラの銃撃の前に、光の壁は脆 くも粉々に砕け散ったからである。
「テメーは待ち合わせ場所に行って全員倒して来い! 」
「穏やかじゃないね」
T字路に出ると二人はそれぞれの方向に向かって駆け出す。
「どうせ最初 っから罠だ」
あの時会話を交わした男。
彼がデリスに向けていた殺気、どうにかそれを隠そうと目を合わせずに誤魔化していたが隠し切れない憎悪の様な念が彼と彼の仲間からデリスに当てられていた。
恐らく彼等は依頼を請け負うついでにデリスも殺すつもりらしい、もしかしたらこの依頼自体最初から仕組まれている可能性もある。
仕事上の怨恨だろうか?心当たりがありすぎて特定が出来ない。
けれどそれならば罠に掛かったフリをしてこちらの命を狙う連中を返り討ちにすればいいだけだ。その方があれこれ思案を廻らすよりずっと楽だ。
だが―。
「ふざけやがって、あのガキ!」
今日、最大の番狂わせにデリスはもう一度悪態を付いた。
「どうなってんだよ!」
「俺にもわかんねえよ・・・・ただ妙なガキが現れて」
暗がりの中数人の男達が慌てた様子で右往左往している。どうやら番狂わせが起きたのはデリス達だけではなかったようだ。
「くそっ!計画が丸つぶれだ 」
「先見のヤツらは?」
「とっくにアトロピンリゾマに殺されたよ」
「アトロピンリゾマは今どこにいる!? 」
「その妙なガキ追い掛けて森林公園の方に向かったみたいだ 」
混乱極まった様子の男達は、すぐ近くでダツラが銃の安全装置を外しているのさえ気付かない。
その場に集まっていたのは6人、ダツラの気配に気付かない所を見ると全員大した手練れではないようだ。
「こんばんは 」
そんな男達を前にダツラは悠長に挨拶をした。
「誰だ、おまえ・・・・ 」
「ああ、僕?僕は・・・代理人みたいなものかな」
突如現れた来訪者にその場に居た全員が凍り付く。
計画通りに殺す筈だったデリスの代わりに現れたその男は、胡散臭い笑みを浮かべて男達を一瞥 している。
「ふざけやがって。どいつもこいつも」
そう言ってダツラに銃を向けたのは、先程デリスに会っていた黒いシャツを着た男。
度重なる番狂わせのストレスに耐え切れなくなった様で、血走った目でダツラを睨みつけている。
「死ねよ・・・・ 」
銃声が轟く。
「・・・っが! 」
男が引き金を引くよりも速く、ダツラが放った銃弾はシャツの髑髏の額を打ち抜いた。
信じられないと言った感じで男はダツラを見ているが、最早引き金を引く力はなくそのまま膝から崩れ落ちていった。
「なんなんだよ!おまえは!?」
躊躇 も同情もないダツラの行動に向けられた荒げた声は慄 きに近い。
「あれ?僕のこと知らない?まぁ、僕はデリスと違って清く正しく生きてるからね」
笑みを一層深くしてダツラはそう話す。デリスとは違った意味での悪評なら彼も負けてはいないのだが。
「うっ・・・・うわぁぁぁぁぁ・・・・!! 」
一人が銃を放ったのを合図に他の男達も一斉に銃弾を放つ。破れかぶれの攻撃ではあるが多勢に無勢という強気な部分もあったのかもしれない。
だが数十秒の内にその場に立っているのは2人だけとなった。ダツラと彼の目の前にいる男、彼に向けられたダツラの銃口は確実に一撃で仕留められる箇所に狙いが定まっている。
「悪いけど、ここでのんびりしている訳にはいかないよ。何しろ君たちが良い情報を教えてくれたからね 」
ダツラはそう言って横にある道の先を見つめる。
森林公園、おりしもT字路で別れたデリスが向かった先である。本能的直感というか野生的な勘がデリスにはあるらしい。
それにしても、よりによって何故あんな人気のない方へ―?
「ふっ・・・ふざけるな!俺の・・・・俺たちの計画を・・・ 」
面倒くさそうにダツラが男に向き直る。威勢良く怒鳴りつけてはいるが、マシンガンを持つ手は震えて焦点が定まっていない。
「計画?子供一人に邪魔されて破綻するなんて、随分ご立派な計画だね 」
予定や計画が滞りなく進む事など滅多にない。
だからこそ最悪の場合を考え幾重にもパターンを想定しておく。必要なのは最終的に目的を成功させるための柔軟性なのだ。
「それで。僕が来なかったら?邪魔が入らなかったら計画通りだった? 」
ダツラがそうワザと尋ねる。デリスとて馬鹿ではない、いや頭は悪いが経験と勘から気付いていた。この場にデリスが居ても結果は変わらなかった筈だ。
「黙れ!お前が・・・お前らさえ来なければ・・・・ 」
「筋書きを一本しか考えないで、はずれたらキレるなんて君たちの方が子供みたいだね 」
男の言葉を遮 りダツラが心底楽しそうに笑う。月明かりを受けている所為か緑色の髪が普段より鮮やかに見える。
「本当に・・・無駄な努力ご苦労様 」
相手を挑発する事にかけては並ぶ者のいないダツラの言葉に、男が絶叫と共にマシンガンを乱射する。
その弾丸の嵐をあっさりとかわしたダツラは躊躇 う事無く引き金を引いた。
「言ったでしょ。急ぐって? 」
自分がどうなったかも理解できないまま、男は聴いたダツラの言葉を最後に事切れた。
「さて、行かないとね 」
再び静寂を取り戻した闇夜に一人残ったダツラが溜息と共に呟く。自分の周を囲む死体を冷ややかな目で一瞥すると、例によっていらない一言を付け加えた。
「本当にもろいよね。ヒトって・・・・体も、心も 」
(とにかく人気の無い場所へ・・・・・・!)
町を北へと走って行くと次第に緑の割合が増えてくる。
絡まった蔦 に覆われたコンクリートの前を走り抜けトウキは上がりかけた息を抑えて森林公園に入る。
森林公園と言っても草木がたた生えているだけで整備されている様子はない。
トウキはポケットから真鍮製の小さな棺を取り出すと開いて中からプラチナの針を取り出そうとする。
だがそれと同時にアトロピンリゾマが投げたナイフがトウキの足首を掠 める。
「っ! 」
手元に注意を払い過ぎていたため足を掬われたトウキは地面に倒れこんでしまう。
その弾みでプラチナの針が手から滑り抜け草むらに転がる。慌てて手を伸ばすトウキの身体を後アトロピンリゾマが圧し掛かり押さえつける。
仰向けにされると冷たい光を放っているナイフが目に飛び込んでくる。体中の血が流れを止めたように一気にざわつく。
「さてと・・・・犯してから刻むか・・・・刻んでから犯すか」
先程の表情とは打って変わり、そう楽しそうに囁くアトロピンリゾマギラつく獣の目でトウキの身体を物色している。必死に身を捩 り、手を伸ばすが指先には雑草の先しか当たらない。
「っー!」
声にならない叫びが上がる。
アトロピンリゾマのナイフがトウキの着ていた衣服をズタズタに引き裂いたのだ。
無我夢中で手を藻掻 かせると針の先端が指先に触れる。だが手が針を捉えるよりも先にアトロピンリゾマがトウキの顎を掴むと正面に向き直させる。
「ー! 」
アトロピンリゾマと再び目が合う。人の領域を超えてしまった男の、狂喜に満ちた目に身体が竦 む。
「目」
「?」
「いいな。その目。抉 ったらどんな風になるんだろうな 」
興奮したアトロピンリゾマの荒い息遣いを浴びて戦慄が身体を駆け巡る。
暴れる様に藻掻 くが、トウキの首を押さえつけている手はびくともしない。
月明かりを反射して振り上げられたナイフが妖しく光る。
「すぐには殺さねえよ。その目を取り出して犯してからだ。しばらくイイ獲物に会ってないんだ。楽しませてくれよ? 」
ナイフがトウキの真紅の瞳に振り下ろされる。
「!!! 」
本能的に目を瞑 る。
だが痛みがその身体に訪れる事はなかった。
一瞬、空を切る音の後に鈍い音が聞こえた。
混乱の中、目を開くとデリスの回し蹴りがアトロピンリゾマの脇腹辺りに食い込んでいるのが見えた。
アトロピンリゾマはそのまま草むらに体を吹き飛ばされる。
「ジャマなヤツ・・・・ 」
ゆっくりと身体を起こしたアトロピンリゾマがそう呟くと、ナイフを構える。
「そりゃこっちのセリフだ!」
怒り心頭の表情でそう言うとデリスは切っ先を向ける。
アトロピンリゾマが飛び掛る、ナイフを剣で防いだデリスにもう片方の手にあったナイフが襲い掛かる。
身体を逸(そ)らし避けるとデリスはナイフを受け止めたままの剣を無理やり薙 ぎ払う様に押し戻す。
デリスの剣がアトロピンリゾマの手の甲を切り裂く。
「お前は刻んでも楽しく無い 」
舌打ちをしたアトロピンリゾマがシャツの中に隠していたナイフを投げた。
それを避けるデリスの隙を突いてアトロピンリゾマは草むらの中に逃げ込んでしまう。
「あっ!おい待て 」
追いかけようとするが身軽に森林公園の奥に走り出すとその姿はすぐに消えてしまった。
「クソッ! 」
怒り任せにデリスは剣を地面に突き刺す。
「・・・・・・」
呪縛から開放されたトウキがどうにか立ち上がろうとする。
「っ?」
だが今度はその肩をデリスに掴まれると背後の木に叩き付けられる。背面をしとどに打ち一瞬、息が詰まる。
「ふざけんなよ、ガキ。次に勝手な事してみろ。オレがテメーを殺すからな 」
肩を掴む手に更に力を込められるが、真剣なその目から逸らす事は出来なかった。
(・・・・・ごめんなさい・・・・)
デリスを助けようと早まった結果、彼も自分も危険な目に合い心配までさせてしまった。
「・・・っな!違っっ・・・・・オレはただ獲物を仕留められなくてだな」
泣きそうな顔で見上げられてデリスは誰に対してだが分らない言い訳を始めた。
その時ー
「!?」
「!」
ガサガサと近くの草むらが揺れ、2人の緊張が一気に高まる。
アトロピンリゾマが戻って来たのだろうか?
「うわっ・・・デリス。いくら何でもそれはちょっと」
草むらを掻 き分けて現れたのはダツラで、驚く2人より数倍驚いた顔をしている。
「何がだよ!なにが 」
非難めいた視線を向けるダツラにデリスが噛み付く。
「もう、アレでしょ?言う事聞かないなら身体に教え込ませる的な。でも屋外ってのはどうかなー・・・・と 」
「んなワケあるかーー!どうなってんだよテメーの脳みそは! 」
トウキの服がボロボロなのはアトロピンリゾマのせいなのだが、今来たばかりのダツラにはデリスがやった様に見えたらしい。
屋内ならダツラはやるのだろうか、という僅 かな疑問は無視されて説教に近いデリスの説明を受けてようやくダツラも納得する。
「間に合って良かったけど。ムチャしちゃダメだよ・・・服だってこんなボロボロに・・・」
そこでダツラは言葉を区切るとトウキの方に目をやる。
たしかに袖口や裾は無残にも切り裂かれているが服自体は原型を留めているし、切れ目から見える白い肌は足首以外何処も怪我をしている様子はない。
「グッジョブ!」
「何がっ? 」
色々と刺激され思わず歓声を上げたらしい。
「うーん。この先に逃げたか。夜だしちょっと見つけるのは難しいね 」
「くっそー!次見つけたらぜってー張り倒す!」
地団駄を踏むデリスの横でトウキが辺りを見回している。
やがて地面に落ちていた針を見つけ拾い上げると安堵の溜息を付く。
「針、だね」
「っっ! 」
真後ろから聞こえたダツラの声にトウキは飛び跳ねるくらい驚く、どうやら一部始終見られていたらしい。
「はぁ!?針なんか武器になるかっ 」
トウキの頭を鷲掴みにしながらデリスがツッコむ。
「まぁ、今日はもう戻ろう?眠いし、夜更かしはお肌に悪いよ」
別に肌質を気にする人間は3人の中にはいないのだがダツラがそう言ってその場を纏(まと)める、用は面倒くさくなっただけらしい。
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