13 / 42

第4章~絡まる想いに注ぐミュゼット(後)~

「・・・・・・っ! 」 感極まったダツラが無言のままガッツポーズをする。 理由は彼の目の前に居るトウキである。 元々一着しかない教団のローブの下に着ていた服はアトロピンリゾマに切り刻まれてしまった為、トウキにはまともな服がなくなってしまったのだ。 今朝着ていた女性物の服を進めるダツラをどうにか思い止まらせ彼のシャツを一枚借りたのだが、体格に差が有り過ぎたため裾と袖口が大分余ってしまう。 「コレだよねコレ!やっぱ基本中の基本だけどいいよねー 」 (え、と。よいしょ・・・・・えい) 有頂天なダツラとは逆にトウキは足元の心許無さにどうにか裾を引っ張ろうとして必死である。 「下も貸せ!」 シャワーから戻ってきたデリスがそう言うと(かかと)落としでダツラを沈める。 「まあ、それはそうと。あんな無茶、もうしちゃ駄目だよ? 」 身を屈めトウキに目線を合わせたダツラが(たしな)める様に頬を指先で突っつく。 先程のことで依頼は完全に失敗したと言っていいだろう、それどころかデリスの助けがなければ今頃無残な姿を(さら)す事になっていた。 (・・・・・・・・ ) 伝う言葉の代わりにトウキは深々と頭を下げる。ごめんなさい、と心の中で幾度となく謝る。 「ケッ 」 舌打ちをするとデリスは寝てしまう、だが公園で見せた怒りは既に消えていた。 「ん。イイ子、イイ子 」 そう言ってダツラはトウキの髪を(すく)う様に撫でる。 「じゃ、僕らも寝よっか」 極自然にベッドに(うなが)そうとするが、それよりも前にトウキは部屋の隅にあるソファーに身を丸めて横たわる。 「ああ!直感!?直感がそうさせるの?? 」 あっさりと悪計(あっけい)を砕かれたダツラが嘆く。 単にトウキがソファーで寝たのは、一人用のベッドに2人が寝るのは狭いだろうという配慮からだったのだが。 「あー・・・ 」 一人残されたダツラはベッドの方に目を向ける。 「無理!安息よりもプライドを取りまーす 」 そう呟くと隅にあったイスに座り、3人は眠りについた。 「・・・・・・・・」 暗い室内でトウキは寝返りを繰り返していた。どれ位の時間が経っただろうか。眠りに付けなかったのはアトロピンリゾマに襲われて張り詰めた精神が静まっていないからではない、どうしてもしておかなければならない事があったからだ。 「っ・・・・」 音を立てないようにソファーから降りるとそのまま滑る様に部屋を出る。 窓明かりだけが射し込む廊下を渡り、バルコニーに出るためのガラスの扉の前に立つ。 扉を開け外に出ると冷たい夜風が頬にあたる。ゆっくりと息を吸い込み夜空を見上げる。 白銀の満月が静かに辺りを照らし瓦礫の世界を神秘的なものに変えている。緩やかに開いた真紅の瞳は両手の中にある真鍮製の棺を(とら)える。 (堕天の力よ裁きの祈りに答えたまへ) 中からプラチナの針を取り出すと胸の前に掲げる。 ―針なんか武器になるかっ。  デリスの言葉が頭を過ぎる、普通はそうなのだろう。  頭上に輝く月の様に、針自体が白い光を放つとその閃光がトウキを包み込む。 収束した光はトウキの背に漆黒の翼を与える、舞い落ちた羽が夜風に(さら)われ虚空へと溶けていった。それと同時に白金の針は細身の長剣に変わる。柄の部分には羽と同じ色の薔薇が飾り立てられている。 (咎人に悠久の眠りを) 棺に張られた鏡が揺らめくとアトロピンリゾマを映し出す。細身の剣を両手で構え意識を集中させると剣は光と共にトウキの手から消えてしまう。 再び鏡に目をやりアトロピンリゾマを一瞥(べつ)すると高く上げた指先をそのまま振り下ろした。 (げっ・・・・・なん・・・だ・・・ ) 森林公園の奥、ナイフを指で(もてあそ)んでいたアトロピンリゾマは突如現れた細身の長剣に背後から身体を貫かれる。 見えない敵に反撃をする間も無くアトロピンリゾマは吐血をするとそのまま事切れた。  鏡越しにそれを確認したトウキの手の中には光と共に剣が戻り再びプラチナ針へと変わる。脱力した様に地面に膝を付くと漆黒の翼は光の粒子となって消えていった。 (ふう・・・・) 棺をポケットにしまい膝を抱え夜空を見上げる。 ―断罪の天使の力。― 本来人を救う天使とは真逆にある滅する為の力は、地上に降り立つ前に神である父親の元から盗んできたものだ。 勿論そんな行動が許される訳も無く、その存在は漆黒の翼を(まと)う『堕天使』へと姿を変えたのだ。 「・・・・・・・・・」 それでも終焉(おわり)を止めたかった、だから災いを成す人間だけを剣に掛けていったのだ。 その様子を偶然にもゴバイシに見られてしまったのだ、断罪の力は天使本来の姿でなければ使う事が出来ない故に言い訳はできない。 ゴバイシは此の力が必要だと言った、憂いに満ちた世界を安寧に導くためにと。だから力を貸したのだ、彼の元で彼の指示する人間をその剣に掛けてきた。けれど結果は何も変わらなかった、嘆きの声は消える事無く世界中に鳴り続けたのだ。  混迷に(おちい)り身動きが取れなくなった。いっそ何も考えずにただゴバイシ指示を仰ごうかとさえ思った。 (お父様・・・・・・) けれどどんなに自分の醜さが見えても、歩いていく道に絶望しか見えなくても思考を止める事はできなかった。 (僕は・・・・・) そして今もまだ、災いを成す存在を剣にかけている。 「くぉらっ!さっさと寝ろっつーの 」 答えの出ない迷いは後頭部を叩かれた事により中断した。振り返ると渋い顔をしたデリスが居る。 「ったく。どこに消えたと思ったら 」 そう言いながらトウキの腕を掴み無理やり立たせると引きずるるようにして歩く。  歩幅が合わずに小走りになりながらトウキはデリスの背中を見る。  終末信仰を信じない男、彼の傍に居れば何か違う考えが見えて来るだろうか?この終わりしか(もたら)せない力に光を見出せるだろうか? 「・・・・・・・」  心細さにデリスの袖の裾を握り返すと彼は立ち止まってしまう。 「信じるのと妄信するのは違うだろーが 」 そう言い手を振り解くと振り返らずにまた歩き出してしまう。 「?」 意味が分からずにトウキは小さく首を(かし)げる。 どう言う事だろうか?薄暗い廊下で考えあぐねていると少し前を歩いていたデリスが戻って来る。 「ボケっとしてんな! 」 言うが早く、今度はトウキの手の甲の方を握り大股で歩き出したので転けそうになってしまう。 (温かい・・・・・) トウキは小さく微笑む。結局、彼が何を言いたいのかは分からないままだったが握られた手から伝わる熱は暖かく夜風に冷えた身体に染み渡っていった。

ともだちにシェアしよう!