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第5章~木漏れ日コントルダンス(中)~
「ねぇ、キミは誰なの?」
硝子玉の様な透明感のある黒い瞳と目が合うと扉に磔 にされたように動けなくなる。
声は愉しげだが覆 い被さる様に扉に手を置くとトウキが逃れる術を失くしてしまう。
(ダツラさん・・・・・?)
か細い首が上を向く。
困惑と不安が混じった赤い瞳がダツラの顔を見つめる。
ダツラの指が固定させる様にトウキの顎を掴むと、掬 う様に真っ白な髪を撫で耳元で囁く。
「あんまり無防備も過ぎると大変なことになるよ?たとえば・・・・」
ダツラの目が細く妖しく光る。
「怖いオオカミに食べられちゃうとか?」
ゆっくりとトウキの肩に手を置き滑る様に細い首の付け根に唇を落とすと歯を立てる。
「っ!」
驚いたトウキが身体を強張らせ震える手で縋 る様に肩に置かれたダツラの腕を掴む。
(って、あれ?)
縋 る様にダツラの腕を掴んだままトウキは動かない。顔を上げトウキの方を見ると彼は唇を噛み泣き出しそうな顔をしている。
「えー・・・っと 」
今までにないパターンに、ダツラはネクタイを緩めていた手を止め考え込む。
誘うわけでも激しく拒絶するわけでも、ましてや御座なりの抵抗をしているわけでもない。何というか、車道に跳び出してしまった猫の反応に近い。突拍子も無い出来事に思わず動けなくなってしまった様な・・・・
突拍子も無い?
「もしかして・・・・何されるか分かってない?」
恐る恐る訊ねるとトウキは首を横に傾け必死に言葉の意味を考えている。
「!」
と、何か思い付いた様にダツラの腕を抜けるとテーブルに駆け寄る。その上に置いてあった自分の荷物から何かを取り出すとダツラに両手を差し出す。
「・・・・・・・ 」
差し出された両手の中には飴やチョコが零 れ落ちそうなほど乗っている。リュックを渡す時にダツラが入れておいた物だが。
今度はダツラの方が首を傾げる、がその意味に気付いて頭から板張りの床に倒れこむ。
つまりトウキは食べられるという意味を本当の意味で解釈したわけで、文体としては間違ってはいないがダツラが言いたい事とは全く違う方向に事は運ばれてしまったのだ。
床にうつ伏せになったまま脱力するダツラとそれを見てオロオロするトウキ、デリスと言うツッコミがいない為お互いのボケが流れっぱなしと言う珍妙な光景が展開していた。
「くっ・・・あははは・・・・ 」
突然、ふき出したように笑うダツラをトウキは不思議そうに見る。
「本当に・・君はどこまで・・・あはははは・・・ 」
目を合わせたダツラは先程とは打って変わり優しげな笑みを浮かべると、包みが薄桃色の飴を菓子の山から指さす。
「食べさせてくれる?」
子供のように笑いながら口を開けるダツラ。
「?」
トウキは不思議そうに首を傾げたが、包みを開け飴玉をダツラの方に運ぶ。
「!」
その腕を掴むとダツラはトウキの指ごと飴玉を口へ入れてしまう。
「っ!」
小さな指を熱い舌先で舐められ、反射的に手を引っ込める。
「フフッ。おいしい・・・・全部食べちゃいそうだよ」
妖艶に笑うダツラとは逆にトウキは頭の中が疑問だらけだ。
今のは飴の感想だろうか、それとも天使は人にとって美味しい味がするのだろうか。
(食べられるのかな?)
いざとなったら非常食としてでも人に尽くすのが天使の使命なのだろうか。
「ほらほら。デリス追い掛けるんでしょ?今ならその辺うろついてるんじゃないかな」
そう言って促されると、トウキは自分のしようとしていた事を思い出し慌てて部屋の外へ跳びだす。
「でも、次はどうなるか分からないよ?」
見えなくなったトウキに楽しそうに投げかけると傍の窓から階下を覗く。駈けて行く小さな背中を見ながら目を細める。
無論彼とて少年の全てを信じていた訳ではなかった。純真無垢を装い寝首をかく危険性も無いわけではない。
だからこそ罠を仕掛け鎌をかけたのだ、追い込めば多少なりとも本心が見えると思ったのだ。
だがどうだろうか?
ダツラは口の中の飴を弄 びながら一人笑みを浮かべる。敵も相当の食わせ物らしい。
「おもしろいね」
けれどもし本当にあれが演技で無いとしたら?
一体どんな箱庭で育てられたらそうなるのか解らないが、あの反応が本当だとしたら?
何も書き込まれて真っ白な存在、それはこれから触れる物の色に全て染め上げられていくという事。
教えてあげよう。溺れる程の快楽も、妖しく咲く虚飾の華も。全てを、時間を掛けてゆっくりと。
薄桃色の包み紙、これだけ悪戯に催淫剤を入れておいたのだ。
「まあ、僕にはこんなの効かないけどね」
ダツラは何時に無く楽しげな笑みを浮かべると口の中の飴玉を噛み砕いた。
「・・・・・・・・」
小走りから速度を落とし歩きに変えるとトウキは大きく息を吐き出す。
『もしかして・・・何されるか解ってない?』
先程のダツラの言葉が頭の中で甦る。最初は自分が天使である事がバレたのかと思ったが違った様だ。
(何を・・・・)
確かに彼が何をしようとしたのか、さっぱり分らない。空腹を訴えられたのかと思ったのだがそれも違うようだ。
「・・・・・ 」
首を落とし項垂 れると今度は溜息が出てくる。
生れ落ちてから半年、自分の中にある知識や経験は余りにも少なく偏っている。教団に居た時に与えられていた知識だけでは世界を見通すことは出来ない。
ましてや碌 に字すら読み書き出来ない状態では自分の足元すら見えないだろう。
(うぅ・・・・情けないです)
涙腺に涙が滲 んだがそれは頬を伝い落ちる事無く消えていった。
これが堕天使になった自分に与えられた罰、地に堕ちた天使は決して涙を流す事を許されない。
言葉を無くし、感情の表れを消され、天使である事を否定されて今何が残っているのだろう?
(もっとしっかりしないと!)
暗い考えを打ち払うように頭を振る。涙が出ないのならその分微笑めばいい、思いを伝える方法は言葉だけではない。
空元気だとは分かっていても自分を奮い立たせる。
(ダツラ、さん?)
ふと考える、年の割に博識であり冷静な青年。彼に聞けば力を貸してくれるだろうか、彼の知識の一片を。
他力本願な気もするが、それでも今の状況からどうしても抜け出したい気持ちが背中を後押しする。
帰ったら頼み込んでみよう。この世界の事や字の事、彼が何を言いたかったのかを教えて欲しいと。
(よしっ!)
その場にデリスが居て尚且つトウキの心が読めたなら全力で止めそうな決心をして勢い良く歩き出す。
ドンッ
「・・・・っ!」
勢いが良すぎたため、思い切り勇み足のまま前に歩いていた相手にぶつかってしまう。
「ああっ!? 」
振り返った相手は昨日デリス達に絡んできたならず者の男達だった。目が合いお互いがお互い誰だったのかを認識する。
「・・・・・・」
いくら知識が少なくてもこれはトウキにも解った。自分が大変な状況を引き起こしてしまったと。
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