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第5章~木漏れ日コントルダンス(後)~

「クソッ!」 デリスは足元の瓦礫の破片を蹴りながら何度目か知れない悪態を付いていた。怒りに任せて飛び出したものの酒を(あお)る気にもなれず先程から同じ様な場所を何度も往復している。 ダツラの嘲笑がアトロピンリゾマにとどめを刺せなかった事が、全てがデリスを苛立たせた。 けれどそれ以上に断罪の天使の存在が、彼の記憶を掻き乱し吐き気に近い怒りを湧きあがらせていた。 「んあ?」 気が付くと目線の先に数人が立っているのが見えた。一人は酷く見覚えがあるが、後の2人は? 「どこかで見たと思ったら、昨日のガキじゃねーか 」 簡単に腕を掴まれると捻り上げられしまいトウキは痛みに顔を歪める。 「ちょうどいいや。コイツをエサに昨日の落とし前をヤツらにつけさせてやる」 腕を掴んだ男の傍に居たもう一人の男がナイフをチラつかせながら言う。 「・・・・・・!」 掴れていない方の手をポケットに忍ばせると冷たい金属の感触が手に触れる。このまま針を剣に変えればこの二人なら倒せる。 (堕天の力よ・・・・・) でも本当にそれで良いのだろうか? 自分に危害を加えるから倒すのだろうか?他人に害を成すから排除するのだろうか? そんな資格が自分にあるのだろうか・・・・? 今までそんな事を考えた事も無かった。 けれどデリスの顔を思い出すと何故か裁きを加える事に躊躇いが起きた。  迷いが頭の中で回りだす。どうすればよいのだろうか・・・・・? 「まあ待て。その前に楽しませてもらおうぜ」 腕を掴んだ男が顎に手を掛け固定させる。断罪の天使の力を使う気にはなれず、だからと言ってこの状況のままでいるのは非常に危険だ。 ならば此の場で取るべきは一つ。 (逃げますっ!) 真鍮製の棺を握っていた手をポケットから出すと片手に全体重をかけて男を突き飛ばす。 (えいっ!) 不意を付かれた男がよろけてトウキの腕を放すとそのままナイフを持った男に蹴りを放つ。デリスの動きを見よう見真似で放った蹴りが男の脇腹に食い込むと、男は嗚咽と共に膝から崩れ落ちる。自分でも驚くほどダメージを与えられたらしい。 「ク・・・ソ・・・・! 」 けれどその場から駆け出そうとしたトウキの視界に銃を構えた男が映る。銃口から放たれた銃弾はトウキの胸を捉えている。防壁である光の壁を作る余裕はない。 間に合わない! そう思った瞬間に誰かの腕がトウキの身体に廻されるとそのまま勢い良く引き戻される。弾丸がトウキの前を(かす)めコンクリートを砕いた。 「テメーら、いいかげんにしとけよ 」 聞き慣れた声が頭上から響く。見上げるとデリスが男達を睨みつけていた。 「こっちは朝からイラついてんだよ。さっさとうせねーとぶっ殺すぞ!」 そう言って手を掛けていた壁に力を込めると音を立ててコンクリートが(ひび)割れた。 「ひえっ・・・・・ 」 ならず者達が凍り付く。コンクリートが脆くなっていたのか、はたまた火事場の馬鹿力ならぬツッコミの馬鹿力が彼にはあるのか、そのパワーは凄まじいものである。 だが音を立てて(ひび)割れたのは壁だけではなかった。 デリスの足元の地面に 亀裂が入ると放射線状に崩れていく。 「なっ・・・・・! 」 今度は避ける事叶わず、奈落に開いた地面は二人を飲み込んでいった。 冷たい空気がトウキの背中にあたる、だがそれは何かに遮られ体の前部分まで来ることはなかった。 「??」 「・・・・痛っ・・・・・ 」 「っ!! 」 それもそのはずでトウキはデリスの上に落ちていたのだ。しかも無意識にデリスの服を握り締めていたため、抱きかかえられる形で倒れこんでいたのである。 目を開き頭上から漏れてくる光で理由を確認したトウキは、慌ててその場から飛び退く。 (ごめんなさい) 危うく命の恩人を押し潰してしまう所だった。 「あー・・・もう・・・いいから」 呆れたような、疲れたような声でデリスがそう言った。 「クソッ!上るのは無理か 」 忌々しげに落ちた穴を見上げる。大よそ5メートル程だろうか、運よく怪我をしなかったとはいえ瓦礫の上に立っても這い上がれる気配はない。 (よいしょっ・・・・・えいっ・・・・) 隣に立つトウキが伸びたりジャンプをしたりしているが明らかに無駄足である。 「しゃーねー。他の出口探すか」 諦めたデリスがトウキの頭を叩き取り出したライターに火を付け、先を照らす。煙草と言う嗜好は無いが仕事上何かと役に立つので安物を常備しているのだ。 恐らく地盤が緩んでいるのは此処だけではないのだろう、所々小さな光が上から漏れている。 ならば這い上がれる様な場所があるかもしれない。 (かび)臭い暗闇に向かって歩き出す。 「・・・・・・・・」 トウキは歩きながら、ライターの明かりに照らされた辺りを見回す。 上の建物と同年期に建てられたのだろう。むき出しのコンクリートの壁や天井の照明の跡は、遺跡というより近代性を強く感じさせる。 ならばこれも第2の天使が(もたら)した爪痕(そうこん)なのだろう。全てを一瞬にして消し去る力、そしてその力を持つ自分。 いや、恐らく自分に与えられた力はこれ以上なのだろう、指先一つで世界を終わらせる力・・・。 「何だよ。暗がりが恐いのか?」 気が付くとデリスに寄り添うように近づいていた、慌てて半歩離れるも湧き上がった思いは消えない。 これ以上人の嫌な部分を見る前に終わらせてしまえば? 今ならお父様だってきっと許して下さる。 暗闇はそう囁く自分の弱い心を映し出しているようだった。 「別に・・・今さらテメーを連れてきた事に後悔しちゃいねーよ 」 突然投げかけられた言葉にトウキは顔を上げる。 「あいつに、なし崩しされた所もあるけどな。最終的にこうなる事を選んだのはオレなんだし 」 バツが悪いのだろうか、そう言うと目を合わせない様に明後日の方を向いてしまう。 (後悔しない・・・) 自分は後悔ばかりしている気がする。 第7の天使である事も、堕天使になった事も。 それどころかこうなる道しか与えられなかったと思う自分さえいる。 どこかで違う道を選ぶ事が出来た、拒む事で開いた道もあった筈。それなのにその事に見向きもしないで想いに鍵を掛けて嘆く。 何てあさはかなのだろうか。 「・・・おっ・・・おい! 」 今にも倒れてしまいそうに自分を見上げるトウキの姿にデリスが慌てる。 「・・・ったく。しょーがねーな 」 幼子の手を引くように、トウキの手を包むように握るとデリスは早足で歩き出す。 奥の方に一際大きな光が射す場所が見える、上手くいけばそこから地上に出られるだろう。 (デリスさん・・・・) 温かい、血の通った人の手。 自分はいったいどれだけその手を冷たく消して来たのだろう。 許されないとは知っていてもその温かさに気持ちを委ねたくなる。 天使なのに、彼を苦しみから救いたいのに。 その為の存在なのに心の何処かで彼に助けを求めている自分がいる。 (だから・・・信用し過ぎだろ!) 拒む事もせず、握られた手を小さく握り返したトウキは大人しくデリスに着いてくる。 相手がダツラでも同じなのだろうか? それは流石に危険な気がするが、頭に湧いた考えを振り払えずにデリスはぎこちない歩きで出口へ向って行った。 「くあー・・・・ 」 日差しを受けながらデリスが思い切り伸びをする。 予想通り目指していた場所には人一人が通れる程の穴が開いていた。おまけに誰かが脱出に使用したのか、瓦礫が地上付近まで詰まれていたため意外にも簡単に抜け出すことが出来たのだ。 (まぶしいです) 草木が生い茂っている所を見ると森林公園に出てしまったらしい、気が付かなかったがどうやらかなりの距離を歩いたようだ。 それでも木々の間から差し込む木漏れ日が心地良かった。昨日見たときは不気味にすら感じられた森だが今は只穏やかな時間を刻んでいる。 「・・・・・」 木漏れ日を掴むようにトウキは両手を空に掲げて微笑む。 α波すら出ていそうなその雰囲気にデリスは脱力する。 「能天気なヤツ・・・・・・ん? 」 ふとデリスは自分の足元に何かが陽光を反射しているのに気が付く。拾い上げるとそれは四面体の(はこ)の形をしたペンダントだった。 一箇所だけ真紅の宝石が付けられている。 (あっ・・・・・・!) デリスの方を見たトウキが慌てて彼の元へ駆け寄る、慌てた姿は何度か見たが今回は様子が違う心なしか顔が青ざめているようにすら見える。 「別に取りゃしねーよ」 少年にとっては余程大事な物なのだろう心配そうにデリスの手の中を見ている。 だが良く見ればチェーンが一箇所切れてしまっている。多分デリスの剣で喉を切られた時に一緒に切れてしまったのだろう。 軽く溜息を付くとデリスは自分の上着からペンダントらしき物を取り出す。チェーンを外し隠すようにヘッドの部分を再び上着に仕舞い込むと、今度は変わりに(はこ)形のヘッドを取り付ける。 「ほら・・・! 」 ぶっきらぼうにトウキに取り付け直したチェーンを差し出す。トウキは受け取ったペンダントを首に付け、服の内側に仕舞い込むと嬉しそうにデリスに微笑む。 (ありがとうございます!) そこまで感謝される事をした訳では無いのだが、素直に向けられた感謝の想いはデリスの心に優しく触れる。 「だっ・・・・・ああ!疲れたからサッサと帰るぞ 」 今度は完全に動揺したデリスが(もつ)れかかった足で歩き出す。 (変なガキ・・・・・) 急ぎ足で付いてくるトウキを見ながらデリスは心の中でつぶやく。普段はオドついているくせに時折近づくのを躊躇(ためら)う程、凛とした佇まいをみせる。それでいて能天気に笑っているかと思えば人の記憶を揺さ振る様な微笑を浮かべる。  デリスはそこで立ち止まりトウキが追い着くのを待つ、その様子にトウキは小首を傾げて微笑む。 記憶を揺さ振られているというのに不快感は現れてこなかった。 「お帰り 」 2人が部屋に入るとダツラはパソコンの画面から顔を上げる事無く出迎えた。 てっきりからかいの一つでも出てくるだろうと身構えていたのだが、それ所では無い雰囲気が彼から感じられた。 「仕事か?」 察したようにデリスが言う。 「まあね。君が望むような、かなり危険なヤツ 」 ダツラはそこで言葉を区切ると不適に笑みを浮かべた。 「というかこの依頼。受けたら確実に死ぬね」

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