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第7章~虚構のパッサカリア(中)~

金属がぶつかり合う(いなな)きが辺りに響く。ケイガイの手から放たれたワイヤーが空を切る唸りを上げてデリスの首に絡み付こうとする。 剣の切っ先でそれを弾くと()ぎ払ううよに切り込むが、寸でのところでバックステップでかわされてしまう。 「くそっ! 」 先程から地の利を活かして攻撃を避けるケイガイにデリスは苛立ちを洩らす。 「コロス・・・賞金稼ぎは全員。あの方のメイレイ・・・ 」 「うっせぇんだよ!さっきから 」 同じ片言の言葉を、先程から繰り返すケイガイが更に彼を苛立たせる。 地を蹴り、剣を構えて一気に距離を詰める。勢いを付けなければ力を発揮しないワイヤーは近距離では使い物にならない。 ケイガイが避けるよりも速く突き刺した刃が確かに右の肩口を(えぐ)る。 「なっ・・・・!!」 だが驚きの声を洩らしたのはデリスの方だった。 ケイガイは痛みに苦しむ事も無く刃を掴むと、血が吹き出るのも構わずに無理やり剣を奪い取る。投げ捨てられた剣が砂上に突き刺さるとケイガイは濁った瞳で笑う、 形成逆転― まさかの状況に唖然とするデリスの腕にケイガイが隠し持っていた細いワイヤーが絡みつく。右肩が使えない事など全く気にも留めていない様子でケイガイはワイヤーを引っ張る。 「ぐっあぁ・・!!」 幾重にも絡みついたワイヤーが皮膚を食い破り、肉を裂き、骨を軋ませる。 「あの方のメイレイ・・・全員殺してアレを取り戻す。赤い目、白い毛 」 余裕からなのかケイガイは止め処無く話し出す。 「なんだよ・・・ウサギでも探してんのか。?えらく執心みたいだなお前のご主人様は・・・・・ 」 荒い呼吸をしながらもデリスは悪態を付く。 「ゴバイシが盗んだ・・・・あの方から。銃で脅したらしゃべった。賞金稼ぎが盗んだ、と・・・・だからコロス 」 「・・・・あいつか・・・元気か? 」 一瞬考えてからデリスはその男を思い出す。  だが痛みに意識を朦朧(もうろう)とさせられて彼は気付かなかった、ケイガイが話しているのが何なのか。 もう少し考えてみればそれが兎でない事が判っただろう。だが今の彼にそこまでの余裕は無い。 「拷問して(あそんで)たら死んだ・・・でも・・・あの男はあの方から盗んだ。だから当然の・・・・・ 」 (むく)い、と言う言葉をしゃべる前にワイヤーが巻きついたままの腕でデリスがケイガイを殴り飛ばす。 「しゃべり過ぎなんだよ!テメーは」 (したた)かに顎を殴られ普通なら動く事すらままならない筈だが、ケイガイは操り人形の様な動きで立ち上がる。 「コロス・・・コロス!・・・コロス!!」 目を血走らせ咆哮(ほうこう)したケイガイが無茶苦茶に何本もワイヤーを投げ付けてくる。 (かす)めた頬や腹から血が滲んでいくがスライディングでどうにか避けると突き刺さっていた剣を抜き取る。 「これで・・・終わりだ!! 」 渾身の力を込めてデリスが剣を振り下ろす。 「うがあぁぁ!! 」 断末魔の叫びを上げてケイガイは崩れ落ちた。 倒れそうになる体を剣で支えてデリスは呼吸を整える。再び静寂が戻った荒野に落ちてきそうな星空が広がる。  取り敢えずは一人を倒した。だが誰も倒していなければ後2人残っている。 あいつらは無事だろうか? 「ガキ・・・・・」 大よそここに集まった賞金稼ぎに倒されるとは思えないがジギタリス、クジン・・悪評高いあの男達が2人に狙いを定めたら?  特にジギタリス、あの男はデリスから見ても危険極まりない。 「て・・・何やってんだ。俺・・・」 そこまで考えてデリスは自嘲する。こんな風に誰かを心配したのは何年振りだろう。全くらしくない。  記憶の梢がまた揺さ振られる。  吐き気を呼ぶ記憶が囁きだす。  自分を呼ぶ声―。  救いを求める瞳―。  それは・・・・・・・―。 「!!! 」 自分に向けられた新たな殺気にデリスは身構える。 宙を舞う様に(おど)り出た男。赤いメッシュを入れた髪に筋肉質な体付き、墓地を飛ぶ翼竜が描かれたパーカーを羽織ったその男は、口の端を曲げて笑うと地面に着地するよりも先に散弾銃を放つ。 銃口から飛び出た弾丸の束がデリスに向かう。 「くっ・・・・!」 デリスは剣を前に構えガードの体制をとる。  銃弾が刃に当ると、弾丸は意図も簡単に金属を食い破ってゆく。 「なっ・・・・! 」 真っ二つに折れた刃が跳ね上がり、尚も勢いを弱めない銃弾はデリスの腹へと打ち込まれる。 「クソッ・・・・・・ 」 悪あがきのようにそう一言だけもらすと、仰ぐようにデリスは倒れていった。 「ぐっ・・・・・ガハッ・・・・! 」 口から止めど無く血が溢れていく。(えぐ)られた腹を押さえて意識を保つが最早立ち上がることは叶わない、それでもデリスはジギタリスを睨みつける。 「こいつもハズレか?」 見下したような目でデリスを見るとジギタリスは銃を構え直す。 「お前に聞きたい事がある 」 相変わらず口の端を曲げて笑ってはいるがその声は冷たい。 「誰が・・・!テメーなんかの・・・思い通りに・・・ 」 尚も悪態を付くデリスを気にも留めない様子で引き金に手を掛ける。 「だろうな。・・・・ん? 」 (デリスさん!!) 一陣の風と共にトウキがその場に現れる。走って来たらしく息を切らせている。 「バカ・・・・野・・・・郎!何で・・・・来てんだ・・・ 」 最悪な状況下で上一番会いたくなかった相手に出デリスは怒鳴りつける。 (酷い傷・・・・) トウキは傷だらけのデリスを見て一瞬驚いた顔をするが、直に泣き出してしまいそうな程悲しげな表情を浮かべる。 (バカ野郎・・・。何でそんな顔してんだ・・・) ―何故そこまで他人を哀れむ事が出来るのか、何故そんなにまで他人を信頼出来るのか、何の係わり合いも無い筈なのに、ほんの一時一緒に居ただけなのに。― (今助けまー) 「さっさと消えろっ!! 」 残った力を振り絞りようやくその言葉を吐き出し、駆け寄ろうとするトウキを制す。  夜明けまでもう幾羽もない、防壁の力を駆使すればトウキでもジギタリスから逃げ切れる事が可能だろう。  こんな所で、自分の目の前でむざむざ殺される必要などないのだ。だから逃げろ。ジギタリスが再び銃を構える前に。 「・・・・・・・・・・」 だがジギタリスは攻撃に移ろうとしない。 トウキの姿をしばらく嘗めるように見回した後、口の端を曲げてまた笑う。 デリスに駆け寄ろうとしたトウキもそれに気付き身構える。矢張り彼もクジンと同じ命を誰かから受けているのだろう。 ならば・・・・・  トウキは一度デリスの方に目をやった後、再び闇夜を駆け出す。それを見たジギタリスも後を追い走り出した。 「よせっ・・・!止めろ・・・ 」 トウキが注意を自信に引きつけデリスから遠ざけようとしているのは判る、だが余りにも無茶が過ぎる。アトロピンリゾマにさえ殺されかかっていたというのに。  起き上がり追いかけようと腕を上げるが、ケイガイとの戦いのダメージも残る体は最早限界が来ていた。宙を掴むように一度戦慄(わなな)くと力尽き地面へと腕は落ちていった。

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