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第7章~虚構のパッサカリア(後)~

荒野も終わりに近いのだろう、駆け抜ける地面に背の低い草花が生えて来ている。 「!」 背後からの銃声と共に直傍にあった岩が砕かれる。 威嚇などという生易しいものではない、彼もまた『生きていればよい』と言う考えなのだろう。複雑に入り組んだ岩場を利用してトウキは一瞬その姿を消す。 「どこ行った? 」 慌てる訳でもなく追い詰めるようにゆっくりと辺りを見回していると突然背後から剣が振り下ろされる。 僅かに掠めた攻撃を避けるとジギタリスはその相手を見る。  真白な髪、真紅の瞳、漆黒の翼、紛れも無く彼が捕まえるように命令を受けた存在。 「どうして・・・こんなことを・・・・! 」 そう言ったのは紛れもなく剣を構えたトウキだった。  天使の能力の一つ、その声は人の頭に直接語りかけ導くという。 人の姿では声を失ったトウキもこの姿ならば言葉を伝える事が出来るのだ。 「ハンゲ様の命令だ。賞金稼ぎを全員殺してお前を連れて帰るように、と」 ジギタリスの言い放った言葉に冷たい戦慄が走る。 「嘘ですっ!お父様がそんな事いう筈が・・・・」 苦痛に歪む顔でトウキは反論する。だがその為、隙が出来てしまい間合いを詰められる。 「どこぞの賞金稼ぎがお前を連れて逃げたと。ゴバイシから聞いた話だ 」 羽を舞い(おど)らせ後退するトウキを更に追い詰めるようにゆっくりと近づく。 「だから賞金稼ぎをここに集めて、誰がお前を連れ出したのか。見つけ次第殺せ、とな。まさかアイツらだったとはな。 」 「デリスさんにもダツラさんにも手出しはさせないです! 」 傷だらけになり倒れていたデリスを思い出す。彼はまだ生きている、ならばまだ助けられる方法はある。 上段に構えていた剣を一気に振り下ろすがあっさりとかわされてしまうと、胸倉をつかまれ引き寄せられる。 「あの男を(かば)うか?唯のつまらない人殺しを」 「デリスさんはそんな人じゃ無いです!」 最初に出会った時は怖い人だと思った。 けれど近くにいてその声を聞いて判った。優しい人、けれど芯に悲しみを抱えている人。 「だったら唯の人殺しだったら見捨てたのか?」 「え?」 降って湧いたような台詞に驚いてジギタリスを見返す。 「同じ人殺しでも選り分けて救い、裁くのか?天使サマ」 「それは・・・・」 心底楽しげに笑いながらトウキを突き飛ばすと足で剣を蹴り上げる。 「なあ、教えてくれよ。どうやってお前は分けてるんだ?」 「僕は・・・・僕は・・・・・!」 今まで何の為に裁きを与えて来たのか。 他人に害を成すから? 終焉を防ぐ為? それとも・・・・・・ 「違う・・・・・」 見つめれば見つめる程、自分の中は空洞で何も無いように思えた。 「まあ、今日はおとなしく引き下がってやるよ。お前の居場所は分かったわけだし。今すぐ連れて来なくてもいいらしいからな 」 無造作にトウキの髪の毛を掴むとそれを思い切り引き寄せる。 「そうそう。(ことづ)けがあったのを忘れてた」 悲しみと苦しみの顔でトウキがジギタリスを睨むが、それさえも意に介さない様子でジギタリスは笑う。 「『愛してる』とよ。これ以上、人間の醜さと絶望を見る前に自分の所に帰って来いだと 」 じゃあな、と捨て台詞を残して近くの岩場に飛び移るとそのまま何処かへ駆けていってしまう。 「待って・・・・ 」 出遅れたトウキがそう言った時には、もう既にジギタリスの姿は闇夜へと消えていた。 「お父様・・・・・ 」 (わだかま)りと絶望が胸を支配したままその言葉を洩らすしか出来なかった。 「トウキ君! 」 驚きと安堵が混じった声でダツラが叫ぶ。遅れを取った彼がトウキを追いかけて此処まで来たところ傷だらけのデリスを見つけのは今し方。そこへトウキが現れたのだ。 「? 」 見たところ身体や服に傷は無い。だがその顔は憔悴しきっていて足取りもおぼつか無い。そして何故か苦しげにデリスの方を見ている。彼の状況を知っているのだろうか? 一度ダツラもデリスの方へ目を配せた後伏し目がちに首を横に振る。微かにまだ呼吸はしている、けれどそれも束の間の事で何れは消えて無くなる。 高い医療知識と技術を持っているダツラにすらこの状況を変える事は出来無いのだ。 ―確実に死の翼はデリスの目の前に覆いかぶさっている―  このまま行けば彼は確実に死ぬ。それで良いのだろうか?  彼は人を殺している、それもまた確かな真実。ならばこの処遇もまた当然の結果なのだろうか? 人殺しは断罪の剣に掛けるべき相手。このままならわざわざ手に掛けずとも目の前の男は死んでゆく。 けれど本当にそれでよいのだろうか? 理性と感情が(せめぎ)ぎ合う。 (どうしたら・・・・?) 死に逝く目の前の男にそう問いかける。 ―今更テメーを連れて来た事に後悔はしちゃいねーよ。― ―最終的にこうなる道を選んだのはオレなんだし。―  記憶の片隅にあった言葉が甦る。 (後悔しない・・・・・) 途端に理性で圧し止めていた感情が溢れ出す。 (助けたい・・・・。助けたい・・・・彼を!) 今彼を助けなければまた自分自身の想いに鍵を掛けてしまう。そして止む事の無い遺恨を抱えて歩くだろう。  頭の中に響く声を振り切るようにデリスの元へ駆け寄る。 「グッ・・・・・ 」 荒い息を繰り返して、けれどもまだ辛うじてデリスは生きている。 「・・・・・・・・・」 彼の横に(ひざまづ)くと両の手の平を(かざ)し意識を集中させる。すると淡く青い光の粒子がトウキの手から溢れ出しデリスの身体を包み込んでゆく。 「これ・・・は? 」 傍にいたダツラが驚きの声を上げる。 傷に触れた粒子達はデリスの傷を癒してゆく。ケイガイとの戦いで負傷した腕もジギタリスの攻撃による腹の傷も全て塞がれ元に戻ってゆき、白くなっていた顔色にも血の気が戻って来る。 ―癒しの力―  全ての天使が持つ、死地いる者すらその傷を癒す能力。堕天使となった天使に出来るのか、不安な部分はあったが間違い無くデリスは死の淵から甦っている。  一際強い光の粒子がデリスを包み、消えると傷口は完全に塞がっていた。意識は戻っていないが呼吸は整っており何れ目を覚ます事が(うかが)えた。 安堵の溜息と共にトウキは微笑む。彼を助けられたのだ。 断罪の天使としての役割とは真逆の行為に後ろめたさが無いわけではなかったが、それが何より嬉しかった。 「君は・・・? 」 「っっ!! 」 ダツラが全てを言い終わらない内にその異変は現れた。  割れるような頭の痛み、一気に血の気は失せ体中が冷たくなってゆく。短い息を繰り返しながら立ち上がろうとするが膝から崩れ落ちてしまう。 目の前が黒に染まって行く。 「トウキ君! 」 叫ぶダツラの声が遠くに聞こえる。痛みは更に増してゆき頭を締め付けられているようだった。  ―お前が人を助ける?  ―散々人の命を奪ってきたお前が  ―選り分けられる立場などではないだろうに  ―お前も同じ唯の人殺しだ  痛みはまるでそう言っているようだった。  虚空へと溶けてゆく意識の中でトウキはそう感じていた。

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