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第8章~朝露に咲くリゴドン(前)~

薄紫色の夜明けの空から差し込んだ光を朝露が反射してゆく。 「・・・・・・・・」 柔らかな温もりの中でトウキは目を覚ます。 まどろみが心地良い。半分だけ覚醒した意識で顔を上げると自分を見つめるダツラと目が合う。 「・・・・・よかった! 」 心底安堵した様子で微笑むと強く抱き締められる。 息苦しさに小さく抗うがそれでも彼は力を弱めてくれない。 「あのまま意識が戻らなかったらどうしようかと・・・・」 饒舌家の彼らしくない訥々(とつとつ)とした喋り方は彼の心配がどれ程のものかを表していた。 「・・・・・・・・・・」 ふと自分の肩にダツラのジャケットが掛けられているのに気付く。 ゆっくりと記憶を辿ると、確か意識を失う瞬間誰かに抱き留められたのを思い出した。 ならば彼は夜が明けるまでずっと自分を抱き抱えていてくれたのだろうか。一夜と呼ぶには短く、けれど一時と呼ぶには長すぎる時間を、夜霧に体が冷えぬようにと配慮までして。 (ありがとうございます・・・・) ダツラの腕の中で深く頭を下げる。彼の優しさが唯、暖かかった。 「どういたしまして」 肩を(すく)めてそう答える声調子はいつもの彼に戻っていた。 (デリスさんっ!) そこでようやく目も完全に覚め、昨日の事がはっきりと甦ってくる。 デリスは、彼は大丈夫だろうか? 癒しの力を使ったとは言え、その力が未完全である可能性が無いわけではない。ダツラに身体を抱き締められていたので首だけで辺りを見回す。 「ああ、デリス?あれなら・・・・ 」 トウキの云わんとしている事が解った様にダツラは一方向に顔を向ける。 「平気そうなんで放置しといた」 「!!! 」 ダツラと同じ方向を向いたトウキは文字通り夜露に干されてしんなりとしたデリスを発見した。 慌てて駆け寄り無事を確かめる。 「-・・・・ 」 意識は戻っていないが呼吸は落ち着いている。 (良かった。無事で) トウキは小さく息を吐き出す。 「とは言え、ここから人のいる集落までは最低20㎞ 」 ジャケットを肩に担ぎダツラは彼方を見つめる。 中に着ていたシャツは半袖のため彼が腕に刺青を入れているのが分かった。 アブサン色の死神が描かれ芸術的なデザインだが、筋肉質ではない彼の腕には少し不恰好に見えた。 「さすがにソレを運んで歩くのはキツい」 完璧にデリスを物扱いした挙句、物事を丸投げした様な発言には本当に面倒臭いという意味が含まれていたが、トウキもそこまでは体力が持たないだろうという意味も含んでいた。 自分が運ぶと、気丈に振舞おうとしているが顔色が優れないのを隠せないのも事実だ。 「な、ワケで助っ人呼んでおきました」 問題無いと手をヒラヒラさせているダツラと、不思議そうに小首を傾げるトウキの後ろからディーゼルエンジンの重たい音が響き渡る。振り返ると音に相応しい無骨な車がこちらに向かって走ってきている。 「のわっ! 」 (えっ?) 車は速度を緩める事無く突っ込んでくるとダツラに激突しようやく止まった。唖然とするトウキは車から降りてきた人物を見て更に驚く。  給仕の途中で切り上げてきたように細長いエプロンを着けたままの姿。切れ長の薄い瞳に整った顔立ち、赤紫色の肩まである髪の毛を丁寧に巻きロングのベルベットスカートを着こなした女性。 所々凹んだ荒々しい車には余りに似つかわしくない。 「まったく・・・・相変わらず人一人()かなきゃ止まれないのかなぁ」 ボンネットに乗る事で撥ね飛ばされる事態を避けたダツラが苦々しく笑いながらそう言うと、最後に―ロカイ―と彼女の名前を付け加える。 「貴方はさっさとスクラップにされた方が世の為です 」 女性、ロカイは顔色一つ変えずにダツラに無遠慮な言葉を向ける。 「ところで、この子は? 」 音も無く歩いてくるロカイにトウキは身構える。 相手が女性だと言うのに先程からダツラの態度は素っ気が無い、それどころか彼女自身に対して何所か警戒している様子がある。 知り合いとはいえ油断するべき相手では無いと言う事なのだろうか? 「ん?カワイイでしょ。僕の恋人 」 ようやくボンネットから下りながらダツラは相変わらずの軽口を叩く。 「モテないからって幼女にまで手をだすようになりましたか」 後ろを振り返る事無く痛烈な一言をロカイは発する。 「だいたい貴方がモテると言い張った所でアンドロイドなのですから人間と比べるのは土俵違いな上、躍起になって。本当にみっともないですね 」 矢継ぎ早に痛い所を突かれたダツラは「男の子なんだけど・・・・・」と一言だけ言うとヘッドライトに(もた)れるように崩れ落ちる。 その一言を確かめる様にロカイは唖然として見ていたトウキを見詰める。 「貧弱ですね」 首を傾げて悪びれる事も無く強烈な一言を浴びせる。 (みぃっ!?) 「中性的な魅力が受け入れられるのは今のうちだけです。あと20年たって線の細さが魅力的だとは想われ無いでしょう。むしろ頼りなさが浮き彫りになるのでは?」 矢継ぎ早にそこまで言われてトウキはやっと理解が出来た。 ダツラが警戒していた意味が。彼女と話すと、いや話しかけなくてもたち所に自分の気にしている部分を途轍もない勢いで攻撃されるのだ。 ピンポイントで図星を突かれ崩れ落ちる2人を無視してロカイはデリスの手を掴む。 「けが人はこの人だけですか?」 「いや、ここに心の重傷者が2名・・・・OTL 」 非難めいたダツラの言葉などまったく気にも留めずに、ロカイはデリスを軽々と担ぎ上げる。 「・・・っ」 比喩でなく本当に、彼女はデリスを軽々と肩に担ぐと車の後部座席に押し込めてしまう。 デリスは大男で無いとはいえ女性が顔色一つ変えずに持ち上げられる重さでもないだろうに。 驚きの余り目が点になるトウキにようやく立ち直ったダツラが耳打ちする。彼女もアンドロイドなのだと。 「他に車なかったの? 」 ドアに手を掛けたダツラが、見た目は廃車の様にボロボロになった車を見て言う。 「他のは全て主人(マスター)が解体してしまいました。 」 「あっそ・・・・ 」 溜息をついたダツラがドアを閉めるよりも先に車は急発進した。

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