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第8章~朝露に咲くリゴドン(後)~
土煙を上げて猛進するロカイの車はスピードを緩める事無く荒野を走り抜けると、車体を瓦礫の山にぶつける事によりようやく止まった。
「着きました」
事も無げに言うロカイとは逆に、スピンと言うオマケ付きの荒々しい停車方法にトウキとダツラは目を回して動けずにいた。
『鉄屑の集落』
正式な名は無く、通り名だけが存在するその場所は一面を瓦礫とガラクタの山に覆われておりその合間を縫うように簡素な建物が建てられている。
所々から蒸気が噴出し油と鉄の臭いがする。元はただのガラクタの捨て場だった場所に、それを目当てとする人達が集まり何時しか小さな集落を形成していった。
道すがらロカイからそう聞かされていたトウキは珍しげに辺りを見回していた。
不思議な感じがする。
瓦礫に埋もれた町は今まで何度か見てきた、けれどもこの場所が 持つ空気は他の町とは明らかに違っている。
「生きるのに必死だからね。余計な考えを持つ暇が無いんだよ 」
埃を払いながらダツラがそう答える。
「まあ、あんまり気を張り詰めてばかりでも疲れちゃうけどね」
そう付け加えてダツラはトウキにウィンクをする。気負いがちなトウキに対しての励ましなのだろう。
「貴方は気を緩めすぎです 」
冷ややかにツッコミを入れたロカイがデリスを引き摺 り出そうと伸ばした手は、彼自身によって拒まれる。
「必要ねえよ 」
意識を取り戻した彼はそのまま歩き出そうとするが、足取りはいまだおぼつかない。
「肩ぐらい貸して貰えば・・・・・って、やっぱり心配なのね」
ダツラの脇にいたトウキは、一度は安堵したものの今度は不安げにオロオロとしていて中々忙しい。
「いいな~。僕も心配されたいな~」
「スクラップになったら心配されるのでは?」
羨むダツラの後ろでいつの間にかロカイがロケットランチャーを構えている。
「よーし。じゃあ僕無しじゃいられない身体にしちゃえ☆」
さりげなくロケットランチャーの射程内から外れると、ダツラはトウキを抱き抱える。
「は~い。ぬぎぬぎしようね-。大丈夫、すぐ昼も夜もエッチな事しか考えられなくなるようになるよ-」
「??」
困惑するトウキを壁際に寄せるとダツラは器用に洋服を脱がして行く。
「なにやってんだよっ!!」
「矢張りスクラップになるべきですね」
刹那。デリスの回し蹴りとロカイの水平切り、Wツッコミによってダツラの悪計はあっさりと打ち砕かれてしまう。
「おしい・・・・・」
ダツラはそれだけ言うと瓦礫の山に崩れ落ちていった。
そんな余計な事があった後、ロカイに案内された建物を目の前にトウキは首を傾げる。
(えー・・・と・・・・)
別段疑問や意義があってそうしている訳では無く、単にそうしないと建物が真っ直ぐに見えないのだ。
鉄骨に漆喰を塗り込めただけの様な平屋は地盤沈下でも起こしたのか、全体の半分を地面に飲み込ませ何とも言えない角度でその姿を保っていた。
「主人 。皆様をお連れしました」
「今バキッって言ったよね?ていうか壊れたよね、蝶番 ? 」
扉が外れる事など日常茶飯事なのか、ダツラの呆れたツッコミを無視してロカイはさっさと中へ入ってしまう。
「・・・っ! 」
屋内へ一歩踏み入れたトウキはクシャミをしてしまう。
それもその筈で薄暗い埃だらけの室内には金属片や何かの配線が複雑に絡まって奇妙なオブジェを形成していて、一見外の瓦礫の山と何ら変わらない。
「主人 、皆様を・・・・ 」
突然の爆発音にロカイの言葉は掻き消されてしまう。
「おっと!」
「?」
素早いダツラの行動で庇われるようにトウキは彼の後ろに廻されたが、その換わりにデリスを盾にするように前に突き出したためダツラは思い切り殴られる破目になった。
「ぐっ。ゲホッ! 」
煙の中から咽込み現れた男。白髪雑じりの頭に無精髭を生やし擦り切れた服を着ている。
彼が、力になってくれるのだろうか。
「ああ、お前か。そこにいるのは帯剣ヤローと・・・・ん? 」
珍しい物でも見るようにカッセキはトウキをしばらく観察した後、大きく溜息を吐いた。
「はあ~。ま、こんな事になるだろうとは思ってたけどな」
そう言って頭を掻きながらもう一度溜息を吐くと真剣な顔でデリス達を見る。
「で、どっちの子だ?」
「はあっ!? 」
降って湧いた言葉にデリスが素っ頓狂な声を上げる。
「どうせ認知させられてテメーのガキ押しつけられたクチだろう? 」
「テメーは頭の中まで火薬が詰まってんのかっ!?だいたい俺は22だ!こんなデカいガキがいてたまるか!! 」
噛み付く勢いでツッコミが炸裂しているが、デリスの手が出ないのは両手でトウキの耳を塞いでいるからだった。
彼の本能がカッセキとの会話を聞かせるには問題があると判断したらしい。
「あはは・・・僕はそんなヘマしないけどね~ 」
そもそもヒトじゃないし。と最後に付け加えたダツラは完全に傍観に回っている。
「若いと後先考えねえからな。安全日だからとか言われて生でしたろ」
「人の話を聞けーーーー!!!」
ダツラと同じに思われたのが余ほど頭にきたのか、金属片の山が崩れる勢いでデリスは怒鳴りつける。
だが―
(痛いです・・・・・)
トウキの両耳を塞いでいる手にまで力が入ってしまう。
結局この押し問答は延々と続き、ダツラの説明でようやくカッセキの誤解が解ける頃にはトウキが再び頭痛で倒れる寸前であった。
「んー・・・まあ、お前達らしいっちゃらしいけどな」
通された地続きの部屋は矢張り雑然としていたが、こちらは一応掃除をしているらしくようやく全員が落ち着くことが出来た。
「いいから、さっさとどうにかしてくれ」
「ったく。オレは鍛冶屋じゃないんだがな」
言葉とは裏腹にカッセキの顔は楽しそうだ。彼の頭には既に作り直す為のアイディアが目まぐるしく溢れているのだろう。
「テメーが作ったんだろうが 」
相変わらずデリスが噛み付くが先程のような勢いは無く頭を押さえて座り込んでしまう。完全に回復していない状態でツッコミの大盤振る舞いをしたのが祟ったようだ。
「・・・・・少し休んでくる」
「勝手にやっててくれ。足を伸ばせるのはその奥の部屋だ」
気にも留めない様子でカッセキは引き出しの中を漁りだす。最早目の前の剣を直すことにしか意識が行っていないようだ。
(デリスさん・・・・肩を)
どうにか立ち上がったデリスを支えようとトウキが近づいたその瞬間その目を覗き込まれる。
「なあ・・・・・ 」
何かの感情を秘めた色。出会ってすぐの頃と同じ。
何を意味している?
それは・・・・・
責めている?
「・・・・・ック」
ジギタリスに撃たれた場所に手をやる。体力は戻っていないが傷は完全に塞がっている。
「悪い・・・・なんでもない 」
それだけ言うとデリスは目を逸らしてしまう。
(どうして・・・・)
ただ助けたいだけなのに
力になりたいだけなのに
どうしてこんなにも闇色の溝は深まっていくのだろう?
答えの出ない悲しみにトウキはただ立ち尽くすしかなかった。
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