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第9章~回想人のレチタティーヴォ(前)~
どうして・・・・・・
どうして貴方は生きているの?
私は死んだのに・・・・
貴方に・・・・
殺されたのに・・・・・・
「っっ!痛ってええ!! 」
(きゅ~)
悪夢から逃れるように飛び起きるとその拍子に何かに頭をぶつける。見れば寝ていた自分の傍らにトウキが頭を押さえて蹲 っている。
「何やってんだ」
呆れたように声を掛けるがそこでふと気付く。トウキは手にタオルの様な物を持っている、そして直傍には水を張った洗面器が置いてある。
つまり魘 されたデリスを按じて水タオルをトウキが額に乗せようと屈み込んだ瞬間に飛び起きてしまったと言うわけだ。
face to faceならぬhead to headのダメージは凄まじい。
「ったく。余計な事してんじゃねー 」
腰に手を掛け立ち上がらせるがトウキは落ち込むように項垂れてしまう。
(まだ、顔色が・・・・・やっぱり力が不完全だったから)
ごめんなさい。謝罪の言葉の変わりに真紅の瞳を伏せる。
「だっ・・・ああ!違うっ! 」
落ち込ませたい訳ではない。ましてや責めている訳でも無いのにどうしてこうなってしまうのか。
「だあああーーー!」
頭を抱えて今度はデリスが苦悶してしまう。
「・・・・・・・」
不意にトウキの小さな口が開いた気がした。
記憶の梢が揺れる。
一人じゃ死ねないから・・・・・
だから・・・・・・
ごめんなさい・・・・・
「!!」
突き動かされる様にトウキの両腕を掴むとその顔を覗き込む。
(デリス、さん?)
不思議そうに自分を見詰める真紅の瞳、白く細い首に薄っすらと残る筋の様な痕。
話せるわけが無いのだ。目の前にいる少年は2度と言葉を発する事を許されないのだから。
「何でもねえよ・・・・・ 」
悪夢の続き、唯の幻聴だ。
後ろめたい気持ちを隠すように両腕から掴んでいた手が滑り落ちる。
けれども今度はトウキも引かない。逆にデリスの手を掴むともどかしげに首を振る。思いを伝えようとして、それが上手く伝わらなくて苦しんでいる。そしてその苦しみを与えているのは自分なのだ。
「どうして・・・・・」
奥歯を噛みながら押し殺して出した声を聞き取ろうとトウキはその顔をもう一度覗き込む。
「だああああーー!! 」
「??」
今度は違った意味で気まずくなったデリスが顔を赤くして慌てふためく。どうしてこうも人は見上げられる視線に胸を射貫かれてしまうのだろうか。
「俺は寝てんだからかまうな!テメーはさっさとその辛気くさい顔をどうにかしてこい!! 」
「僕は寝てるから平気だけど、君の方が心配だよ。ゆっくり休んできて・・・・・って意味だったんだけど、分かった? 」
頭上から声が降り注ぐのと同時にトウキの脇に腕が回され抱え上げられる。見ればいつの間にかダツラが相変わらずの笑みを浮かべている。
「全く理解できませんね」
声が更に重なる。どうやらダツラの問いは扉付近に立っていたロカイに向けられたものだったらしい。
「何しに来た 」
渋い顔でデリスがダツラ達を見る。先程の会話を聞かれた挙句勝手に解析までされたのではいい気はしない。
「ん~?2人とも具合が悪そうだから一緒に診ちゃおうかと思って 」
この答えにデリスは怪訝な顔でダツラを再度見る。
具合の悪い一人は当然トウキだろう目に見えて疲労が被い被さっている。
考えても見れば旅をし慣れているデリスやダツラと違って、トウキは殆ど教団の外に出される事が無かったのだろう。
それでも必死に彼等に着いてきた無理がここに来て祟った。それは理解出来る。だが―
「気色悪い事言ってんじゃねー 」
相手は瀕死の人間を一晩野ざらしにした男だ。今更しおらしく体調を心配されても何かを企んでいるとしか思えない。
「別にデリスの事が心配な訳じゃないし」
そう洩らすダツラの顔は、ツンデレ台詞では無く本当に嫌だと判る程この上なく不服そうである。
「ただ、そうしないとトウキ君の心配が解けそうにないから」
そこでデリスは自分を心配そうに見上げているトウキに顔を向ける。
あれからどれ位の時間が経っただろうか?
何十分?いや何時間?日差しは既に西へと傾いている。その間ずっと傍に居たのだろうか。忠義を尽くす飼い犬の様に片時も離れず、己の無力さを噛み殺しながら。
何故そこまで出来る?
もっと他に望む事があるだろうに。
もっと他に怒る事があるだろうに。
何故そこまで他人を心配出来る?
そこでようやくダツラの意図が理解出来た。この男は啓発に来たのだ、トウキを此処まで心配させている事を自覚しろ、と。そして呪縛から開放させる言葉を早く放てと。それを他人に指摘されたのは癪だが―。
デリスはそこでトウキを睨むと有無を言わさずその頭を鷲掴みにする。
「俺はテメーに心配されるほど落ちちゃいねーよ!! 」
「??」
突然の展開に付いて行けていないトウキは訳も分からず両手を振り回す。
「だから・・・・テメーは・・・」
そこで言葉を区切ると考え込んでしまう。どう足掻いても次に来るのは恥ずかしい台詞しか無い。
「テメーはまず自分の心配をしろっ!」
室内に静寂が訪れる。気恥ずかしさに顔を赤くしたデリスと呆れた顔のダツラ、どうでもいいと言った感じのロカイ、全員の時が止まったようだった。
(しっかり休んで下さいね)
未だ1人不安げな顔のトウキがデリスの手を握る。
「・・・・・・っな!」
デリスの顔が更に赤くなる。
何故この少年はこうも恥ずかしい事を平気で出来るのだろうか、と。
更に手を握られても嫌な気分はしない、それどころか心地よく感じる自分がいるのにも驚きだ。
(僕に出来る事があれば・・・・・・)
「はーい!じゃあトウキ君はこっちで僕と大人のお医者さんごっこしようね~!」
自分で嗾 けておいてその後の展開が気に入らなかったのか、ダツラはそう言ってトウキを脇に抱えると脱兎の如く部屋を出て行く。
「お前もさっきから何なんだ!」
だがしかし、ダツラの行動は円盤投げを嗜 んだ古代の神々も平伏す程の正確さで投げられた洗面器が後頭部に当たる事で阻止されたのだった。
「はぁ」
その一連の様子を見ていたロカイが溜息とも欠伸とも分らない声を漏らした。
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