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第9章~回想人のレチタティーヴォ(後)~

「うん、OK!ありがとう。トウキ君が手伝ってくれて助かったよ」 一通り指の動きを確かめた後、笑いながらそう言うとトウキの頭を撫でる。 実際にトウキの手伝いが無くても修復は出来たのだが、そうすれば目の前の少年はまた自分を責めてしまっただろう。 (良かった・・・・・・) 恥ずかしそうに俯きながらもトウキは微笑む。 その姿に触発されたのか、何時もの事なのかダツラはトウキの背中に手を回すと、いとも簡単に押し倒す。 「ちゃんと直ったか試してみようか? 」 起き上がろうとするトウキを片手で押さえつけると、もう片方の手で器用にケープの紐を解いていく。 「心配しなくても僕は上手いよ?本来性欲処理用に造られたからね。まあ、元は女性用だったけど」 耳元で囁かれる言葉の意味が理解出来ずに首を傾げて困惑する様子のトウキを見て、それすらも楽しいと言った感じでダツラは笑う。 「トウキ君用に男性verもインストールしたんだ」 いつも以上に優しげな笑みを浮かべてトウキの髪をなでる。 「そこら辺のヒトよりずっと上手いよ?感染症の心配も無いしね」 「オレが見てるんだが」 傍に居たカッセキが呆れたツッコミを入れる。 「僕は気にしないけど? 」 「オレが気にする 」 「お気になさらずにっっ痛ーーーーああっっ!! 」 服の間に指を滑り込ませようとした瞬間、ダツラはそのままロカイの水平切りによって吹き飛ばされる。 「たとえ人間としてクズでも主人(マスター)の命令は絶対です 」 騒ぎで見えなかったがどうやらカッセキが止めるように言ったらしい、とは言えその一言は主人であろうと容赦無い。 「?」 けれどもトウキは不思議な違和感があった。 ロカイがアンドロイドだと聞いた時は驚いたがそう言われれば確かに、と納得してしまう。 けれどもダツラに関しては未だに彼がアンドロイドだと信じられない節がある。この違いは何なのだろうか?破天荒だと言うならどちらも破天荒だろうし。   悩みながらダツラの方を見ているとふと何かを察したのか彼は少しばかり俯いてしまう。口元は相変わらず笑っているが、その瞳の色は濃くなった気がした。 「僕は不良品(バグ)だからね・・・・ 」 そう答えて笑うダツラは今までに見たことが無い悲しみを宿している様に見えた。何か聞いてはいけない事に触れてしまった気がしてトウキは急いで首を振る。 たとえダツラが人でもアンドロイドでも感謝している事に変わりは無い。 素性も知れない自分を教団から連れ出してくれただけでなく、面倒まで見てくれている彼には感謝してもし切れない。 「・・・・・・・・・」 申し訳ないようないた堪れない気持ちで唇を噛むトウキの髪を、ダツラは微笑みながら()いてゆく。 「・・・」 その後ろで、カッセキは(いぶか)しむ目で2人を見ていた。 「それはそうと、貴方は服を脱いで下さい 」 「ええっ!?ロカイもトウキ君狙い? 」 襟首を掴まれて引き剥がされていたダツラは、更なる余分な発言で床に叩きつけられる事になった。 「みっともない服の(ほつ)れを直します 」 そう言って手をトウキの前に差し出すロカイは有無を言わす雰囲気では無い。 確かにジギタリス達との戦いでトウキの服はあちこちが傷んでしまっている。 (ありがとうございます) トウキは小さく頷く。ここは素直に甘えさせてもらった方が良いだろう。 「じゃあ、その間はこっちに着替えてるといいよ 」 あっという間に立ち直ったダツラが替えの服を渡す。 どうやら生着替えを期待していたようだがロカイのホールドスリーパによって阻止されてしまった。 「お前等なあ・・・・・」 カッセキが深い溜息を洩らした。 「・・・・・・?・・・・・?」 用意された服に着替えたトウキは暫し考え込んでしまう。 特に派手な装いでもなくサイズも間違い無いのだが、今トウキが来ているのは赤いチェック柄の暖かい「パジャマ」なのだ。 何故パジャマなのか寝巻きしか用意出来なかったと言えばそれまでなのだが、ダツラの喜び様を見ているとそれだけでは無い気がする。 「いいな~。病気がちでいつも寝込んでる妹って感じで(^_^)v 」 具体的な例を挙げながら有頂天のダツラは、先程の様子など夢かと思うほど別人に見えた。 「分かりませんね。性的欲求を満たすならビスチェやガーダーベルトの方が良いのでは? 」 繕い物を縫う手を止めずにロカイがとんでもない事をさらりと言う。 「分かってないな~。ここは『幼さ』を引き出さなきゃ。あえてセクシー系を狙うとしてもフリル満タンのベビードールでしょ 」 「ギャップの良さの分からないつまらない男ですね 」 互いの価値観を並べ立てながら両者は火花を散らす。どうやら根本的にこの2人は馬が合わないようだ。 「オレはやっぱりタンクトップとホットパンツだな 」 「主人(マスター)の嗜好はマニアック過ぎて需要がありません 」 何故か嬉しげに参戦したカッセキはロカイの一言であっさりと撃墜されてしまう。 (はう・・・・) 少し離れた場所でやり取りを見ていたトウキは複雑な心境であった。 人は終焉など望んでいない、堕落などしていない。そう強い信念を持っていたが3人の妄想に自分が使われている所を見るとその信念もくじけそうになっていた。 「・・・・・」 結局、3人の妄想談義が終わる頃には疲れ果てたトウキがガラクタの山に凭(もた)れて寝てしまっていた。 「うわっ!もうこんな時間じゃん 」 文字盤に白銀の薔薇が描かれた腕時計を見てダツラは驚いた声を上げる。 「よっと」 眠るトウキを起こさぬよう抱き抱えるとダツラは、ガラクタをどかして作った寝床に運ぼうとする。 「おい 」 その動きを制したのは後ろから掛けられた声だった。振り向くと渋い顔をしたカッセキがダツラを真っ直ぐに見ている。 「何?」 「いや、ただの老婆心だがな・・・ 」 張り詰めた空気が辺りを包む。カッセキは一度タバコの煙をゆっくりと吐き出すとさらに続ける。 「死んだ人間の影を重ねるのは止めておけ。それが無意識にでもそれに答えようとする相手なら尚更な 」 相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべるダツラにそれだけ言うとカッセキはまたガラクタの中へ戻ってしまった。 「~♪ 」 慣れた動作でトウキを寝かせると薄手の毛布をかける。  真白な髪の毛とそれと同じ位白い柔らかな肌。 「真っ白・・・」 身も心も穢れなく。そんな存在など在りはしないはずなのに。 それでもこの小さな身体はその可能性を秘めている。無償の愛情も信頼も。  この子なら。  やり直せるだろうか。 それともまた見捨てるのだろうか?   ―恋愛に対等関係を全く求めていませんね。 ―死んだ人間の影を重ねるのは止めておけ。 「何を解って・・・」  天窓から差し込んだ月明かりがダツラの髪の毛を鮮やかに照らす。 頭の中の相手に向けたのか、それとも自信に向けたものか口の端を曲げたその笑みは蔑(さげす)みを浮かべていた。

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