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第11章~名無しのパヴァーヌ(中)~

結局デリスとダツラの喧嘩が終わる頃には日もだいぶ傾きかけていた。 (人がいっぱいです) バルコニーの手すりから町を見下ろしながらトウキはその景観に圧倒されていた。 今まで見てきたどの町よりもその町は活気に溢れていた。 買い物袋を両手に抱えた女性、時計に目をやりながら走り抜ける青年、楽しげに話しながら歩く親子連れ、夕日に照らされた路地は慌しく一日の終わりを迎えようとしている。  そこにあるのは明日を求める生命の力、この日々が続くという小さな祈り。 「・・・・ 」 首からペンダントを外し掌に乗せる。四面体の匣型をしたペンダントヘッド、一箇所だけ自身の瞳の色と同じ真紅の宝石が付いている。 この小さな匣の中に世界を終焉に導く力が収められている。 それは今見ている風景を終わらせる力。 初めてその力と自分に与えられた使命を教えられた時恐ろしさと悲しみで胸が張り裂けそうになった。 どこかに終焉を(もたら)さずに済む道があるはず、そう願い信じた。だからそれを探すため堕天使となり地上に降りたのだ。 (お父様・・・) 神である父の元から逃げた事、堕天使となった事に後悔が無い訳ではない。 けれどもまた思う、人は本当に終わりを望んでいるのだろうか― 「んなん見てて楽しいか? 」 「!?」 屈むように(もた)れていたトウキを覆うように、デリスは手すりに手を掛けて問う。 一瞬驚いたが彼の視線は匣では無く路地に向けられている。つまり彼は人の流れを見ていて楽しいのかと聞いたのだ。 (・・・はい) トウキは微笑みながら頷く。人が『日常』を送る姿を見れるのは嬉しい。 「訳わかんねぇヤツ 」 そう言ってデリスは直に離れて隣に寄り掛かるが視線はトウキの方を見ている。  建物の隙間から差し込む西日が少年の白い髪を照らし、頬を茜色に染める。 「なあ・・・・ 」 「?」 「お前は何者なんだ? 」 ストレートにぶつけられた疑問にトウキは戸惑ってしまう。 話すべきなのだろうか、全てを。 自分が何者であるか何故この地に降り立ったのか。 全てを打ち明けて彼に終焉を止める事を理解して貰うのは甘えだろうか? それでなくても自分はここまで連れて来てもらい幾度と無く彼に嘘を付き、:欺(あざむ)き通して来たのだ。たとえ理解されなくても嫌われても彼には話して知って欲しい。 「・・・・・っ! 」 意を決して真実を打ち明けようとトウキはデリスの腕を掴む。  ―が。 「のああぁっ! 」 予想だにしない行動に赤面したデリスが思わずその手を振り払ってしまう。 その拍子に手に握られていた匣がチェーンごとバルコニーの下に弾き飛ばされてしまった。 「あ・・・悪ィ・・・・ 」 自分のした事に蒼白するデリス以上にトウキは青ざめてしまう。落ちた衝撃で匣が割れる程簡単な作りでは無いだろうがもし誰かに拾われたら? (早く!回収しないと) 矢も立ても居られずにトウキは手すりに飛び移ると、そのまま一気に階下まで飛び降りてしまう。 「おっおいっっ!」 慌ててデリスが手を伸ばすが、トウキはベランダや植え込みに器用に飛び移りその姿を消してしまう。 「くっ・・・・ダツラ!! 」 三階の高さを物ともしない身のこなしに驚いている場合ではない。急いでダツラに声を掛けるが何故か彼の視線は冷たい。 「・・・・人の事ナチュラルにセクハラだとか欲情魔だとか年中発情してるとかいってる割には・・・・ 」 若干言ってない言葉も含まれているが、ダツラはその前のデリスの行動が気に入らなかったらしく不満を述べている。 「自分躁病の気でもあるんじゃない? 」 「言ってる場合かーーー!! 」 一悶着を起こした二人がトウキを探し出すのはそれから暫く経ってからだった。 一方のトウキは途方に暮れていた。落ちた方角は合っている筈なのだが、探す匣はどこにも見つからない。 群集に蹴り飛ばされてもっと遠くへ行ってしまったのか、それとも既に誰かが拾ってしまったのか。 (そんな・・・・・・っ!) 最悪の事態を想像してトウキは更に青ざめる。よもやこんな事で世界の終焉が訪れたのでは、先の天使達も浮ばれない。 「・・・・! 」 一瞬目の端に何かが光った気がした。 急いでそれを確かめる為に路地を曲がる。広い通りも道を一つずれるとその喧騒さを一気に失う。西日も殆ど届かない裏路地は人の気配はおろか大通りの声さえ遠くなる。 (ありました・・・・) 瓦礫や廃材の隙間に小さな匣は隠れるようにして落ちていた。拾い上げて何所にも罅(ひび)が入っていない事を確かめる、デリスに貰ったチェーンも無事だ。 (よかった・・・・) 安堵の溜息を付いたトウキはペンダントを首に掛け直すと、もう一度それを確かめて服の内側に仕舞いこむ。 「にゃ~」 (ひにゃ~~~!!) 地面から湧いた声にトウキは飛び退くほど驚いてしまう。よく見れば先程までペンダントが落ちていた隙間の更に奥に、金色に光る目がこちらを見詰めている。 「にゃっ!」 目が合った瞬間、金色の目の主は勢い良くトウキの胸に飛び込んでくる。柔らかな毛触りと暖かな体温。 (ねこ・・・・さんです) 毛足の長い、三毛色の子猫がトウキの腕の中で満足そうに目を細めている。 (かわいい・・・) もしかしたらこの子猫が匣を人気の無いこの場所まで運んで来てくれたのかもしれない。お礼の意味を込めて、頭を撫でて地面に下ろす。 「にゃ」 けれども子猫は逃げるどころかトウキの足元に()り寄って来る。困ってしまい何とか数歩進んでみるが子猫は気にせずに着いて来てしまう。 (ありがとう。でも早くお家に帰らないと) 言い聞かせるように抱き上げて直に下ろすが子猫は離れようとしない。 それどころか遊んで欲しいと言わんばかりにトウキのズボンを引っ張る。 二度三度と同じように繰り返してみるが結果は同じ事だった。匣を見失った時とは違う意味でトウキは困り果ててしまう。 連れて行くわけにはいかない、けれども見捨事はもっとできない。 (はう・・・・どうしー) 「ガキーーー!ふらちょろしてんじゃねー!!次やったら首に縄付けるぞっ!」 「マヂで!?(゜ロ゜屮)屮 」 突如路地裏に響いた怒鳴り声に抱き上げた子猫を落としそうになってしまう。つくづく今日は心臓の止まる日のようだ。  見れば息を切らせたデリスと、そのデリスの先程の一言で有らぬ妄想をしたダツラが裏路地の入り口に立っている。 尤もダツラが妄想したのは『首に縄』ではなく『首に首輪』だったが。 「ったく! 」 呼吸を落ち着けたデリス達は、ようやくそこでトウキの腕の中にいる子猫に気付く。 「・・・・・何やってんだ? 」 「解った!獣かっっっっっー 」 ダツラが全てを言い切る前に肘鉄でデリスが壁に沈める。 「猫なんか拾ってる場合かっ!? 」 若干的外れに聞こえるツッコミはトウキを心配してなのだろう。ダツラから現状を聞いた今となってはこの町も安全とは言い難い。 「首輪してるし人なつっこいね。迷子かな? 」 早々に復活したダツラが子猫の頭を撫でると子猫は嬉しそうに手に擦り寄って来る。 「ん?迷子で人懐っこい・・・・って 」 ダツラがそこまで言うと、思い当たる所がある2人は揃ってトウキの方を見る。だが見られている本人は訳が分からず困ってしまう。 「ったく。類は友を呼ぶってヤツか? 」 「まあ、トウキ君の場合はどっちかって言うと子ウサギだけどね 」 そう言われてもまだ理解出来ないトウキは更に首を傾げてしまう。 「飼い猫ならその内勝手に戻るだろ? 」 この場合デリスの言う事が正しいのだろう。 けれどももし子猫が思いがけず遠い場所まで来てしまったら?見るもの全てに夢中になる余り自分では帰れない場所まで来てしまっていたら。 これ以上2人の手を(わずら)わせたくはない、けれども矢張り放っておく事も出来ない。 そんな複雑な思いでデリスを見上げる。 「ぐっ・・・・・!」 2匹の、もとい1人と1匹の不安げでそれでいて信頼しきった瞳を向けられてデリスは固まってしまう。 回避不能、ケイガイと戦った時ですら思い浮かばなかった言葉が一瞬頭を過ぎる。 (意外と小悪魔系・・・?) 無意識とは言え、おねだりキラキラビームを出すトウキにダツラはそれもアリだな。と呑気に妄想を膨らませていた。 「にゃあ」 不意に子猫がトウキの腕から逃れると今度はデリスの胸に飛びつく。 「のあっっ!!」 慌てて引き離そうとするが、子猫は器用にデリスの手を避けるとジャケットの内側に潜り込んでしまう。 「は~な~れ~ろ~~!! 」 「にゃーーーーー!」 「猫と対等にケンカしてるよ・・・・」 呆れるダツラを他所に、ジャケットから出そうとするデリスと拒んで暴れる子猫は一進一退の攻防を繰り広げていた。

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