34 / 42

第11章~名無しのパヴァーヌ(後)~

「はぁ・・・・・はぁ・・・・ 」 数分の後、軍配は子猫に上がった。息切れをするデリスのジャケットの内側に、よほど居心地が良いのか子猫は頭だけを出して動こうとしない。 「くっ・・・・・!あっははははは・・・・!! 」 珍妙な光景に耐え切れずダツラが壁を叩いて大笑いする。 「笑うな!」 殴り掛かろうにも懐に子猫が居るためデリスは動けずにいた。 「ちょうど良いんじゃない?この状況を打開するためにも飼い主捜しに付き合ってあげなよ」 あっけらかんと言い放つダツラにデリスの怒りが沸き立つ。 「ふざけんなっ!何で俺がそんな事・・・・っ! 」 文句を全て言い終わる前に手で制したダツラが後ろを向くように促す。 振り返ればトウキが驚きと期待の混じった表情でデリスを見上げている。 「どうするの? 」 結果の見えている質問をダツラは相変わらずの胡散臭い笑みで尋ねる。 なけなしの意地が返答を鈍らせているとトウキは表情を曇らせてしまう。矢張りこんな我儘な申し入れは聞き入れて貰えないのだろう、そう思っているのが言葉は無くとも伝わって来る。 その姿にたじろぐデリスは今日二度目の黒星が上がるのを感じていた。 「あはは。じゃあ頑張って!僕はちょっと用があるから 」 それだけ言うとダツラは裏路地から走って出て行ってしまう。 「あっ!テメー待ちやがれっ!!」 デリスが追いかけようとするが一足早くダツラは人ごみに消えてしまう。 悪態を付いてみたものの結果が変わるわけでは無い。不安げな表情でトウキはデリスを見上げている。このままでは1人で猫の飼い主を探しかねない。 「さっさと行くぞ!今ならまだ人通りも多い、何か知ってるヤツもいるだろ 」 不思議そうな顔をするトウキを他所にデリスは大股で大通りへ歩き出す。慌ててそれを追いかけるトウキはデリスの言葉を頭の中で反復する。 つまり彼は― (・・・・・ありがとうございます!) 「・・・・何笑ってんだよ」 苛立ちが残るデリスはそう言ってトウキの頬を軽く抓(つね)る。 (やっぱり優しい人です) 逆に笑顔を向けられてしまい不意打ちを食らったようにデリスはう狼狽えてしまう。 とは言え珍妙である事に変わりは無くすれ違った若い女性2人が顔を見合わせて笑う。 「~~っ!! 」 言葉にならない怒りと言うものをデリスは痛感していた。ダツラが居れば間違いなく八つ当たりに殴っていただろう。 「ったく。迷子が迷子の面倒見てどうするんだ 」 不満をそこまで言った所でデリスはふと気付く。 考えて見れば自分の隣にいる少年も言ってみれば『迷子』なのだ。 不条理な終末信仰に狩り出されそれまでの暮らしから引き離されてしまった。帰りたい、元の暮らしに戻りたい、そうは思わないのだろうか。 自分とは余りに懸離れた感情だったため今まで思いつきもしなかった。 「・・・・・」 当の本人はデリスの考えに気付かずに相変わらず微笑みを向けている。  記憶を操作されている、ダツラはそう言った。けれども全ての記憶が無くなってしまった訳では無いだろう。 ならば時折見せる寂しげな表情は、霞掛かった思い出に対する望郷の思いと、もう元の暮らしには戻れないのではないかと言う不安の表れだろうか。 「・・・・・・悪かったな」 「・・・・・・?」 小声でそう言うと、撫でるというよりは叩くように軽く頭に触れたデリスの手を、トウキは不思議そうに見上げるがデリスはそれ以上何も言わなかった。 ヒトの心は終始一貫して一定しない。昨日まで己の信念としていた考えと全く逆の結論に至ったり今日好んだ物を翌日には嫌ったりする。 それを『成長』と捉えるか『弱さ』と捉えるかは人それぞれだろうが。確固たる信念を持つ人間程折れやすいのも事実だろう。他人に起こった出来事は全て自分にも起きると考えるべきなのだ。 ダツラは目の前の男を見ながらそんな事を考えていた。 黒く短い髪と面長の面構えセンタイと呼ばれる男はにやけた笑みで手に持った紙の束を(めく)っている。 彼が商売として取り扱うのは物質ではなく知識、所謂『情報屋』と呼ばれる存在だ。 「悪いな。中々、ガードの厳しい所があってな」 そう言うとセンタイは持っていた紙の束をダツラに渡す。 「君の事は信頼してるよ」 信頼しているのは情報であり彼自身の事では無い。己が窮地に立たされれば直に掌を返すこの男は、仕事以上の係わり合いを持つ気にはなれない。 「まさか唯の子供一人にこんなに手こずるとは思わなかったぜ 」 苦笑いをしながらセンタイは頭を掻く。 ダツラが求めていた情報はトウキについてだった。ダツラが思うに、ここ最近のトウキは日増しに憔悴しきっていた。 体力的な問題ではない、実際こちらが驚く位トウキは自分達に着いて来ている。 問題なのは精神的な部分だ。迷惑を掛けまいと気丈に振舞ってはいるが限界に来ている事も事実なのだろう。 このままでは心の中に抱え込んでいる何かに潰されかねない。 だから教団に消されてしまった記憶が甦れば、今直ぐには帰れないにしても自分が何者であるのかが分かれば少しは安心できるのではないか、そう考えたからだった。 勿論、ダツラ自信の興味。それが大半でもあったが。 「察しの通りあの子供は終末信仰の関係者だ。コミットキャンドルってやつのな」 紙を(めく)るダツラにセンタイは口頭で付け加えてゆく。 コミット キャンドルと言う名は聞いた事があった。終末信仰を謳う教団の中では古参の方だ。 一度は水面下まで落ちていたもののここ10数年はその勢力を高めている。そうなるとトウキは宗教戦争のプロパガンダに駆り出されてしまったのだろうか。 「流石に家族関係までは分らなかったが組織内で見た人間がいたからな。まあ、あの容姿じゃ記憶にも残るだろ 」 再びにやけた笑みを浮かべながらそう言うセンタイの言葉をダツラは空返事で返す。 予測はしていたがトウキの出所が終末信仰の教団だったとは。折角ゴバイシの元から逃れたと言うのに、これを聞いたらトウキが倍落ち込みかねない。果たして教えるべきなのだろうか。 「まあ、アンタが終末信仰関係をあたれと予測しておいたおかげで、だいぶ楽だったよ 」 料金はまけないがな、と付け加えながらセンタイは懐から煙草の箱を取り出す。 「あ、ゴバイシ死んでたんだ 」 紙面の文字をなぞりながらダツラが興味無さげに呟いた。 トウキが別教団の人間ならば、ましてあれ程の能力を持っているのだから別段驚く事ではない。制裁か口封じかは分からないが当然と言えば当然の結果だろう。 「ああ。死体は野(ざら)しになってたそうだよ。死因も凶器も不明。首から下は人かどうかも判断出来ないとよ」 煙草の箱を逆さまに振るが、目当ての煙草は切れているらしく舌打ちしたセンタイは箱を握り潰す。 「とにかく。アンタらもそうならないように気をつける事だな 」 無いと分かると余計に吸いたくなるらしく、センタイはさっさと路地裏から出ようとしている。 「待った 」 その足をダツラが止める。低く短いそれだけの言葉だが決して拒否させない響きと空気が混じっている。 緊張に構えたセンタイは、そう言われて呆れたように溜息を付く。 「だから言った通りだ。その子供を連れ回すならそれ位の危険がー・・・ 」 「たかが信者1人に?」 確かに巫女ならば、ましてトウキの能力ならばそれ位の危険はあるのだろう。 だがそれはその事を知っているダツラだから行き着く考えなのだ。 この男は先程自分で述べたではないか、流石に親兄弟までは分からなかったが何人かは見た人間が居ると。それはつまり言い換えるならばトウキはその教団にとって巫女でも何でも無く唯の信者の1人だという事だ。 そのために人1人、仮にも元教団の司祭を殺すリスクを追うだろうか。 普通は疑問にそう思っても忠告するまでの結論には至らない。精々な所、対立の激しかった2教団が信者の1人を連れ去られた事によって激化しその口実でゴバイシは殺されたと考えるのが関の山だ。 けれどそれならばダツラ達にまで危険が及ぶとは考え難い。 「俺は・・・何も知らねぇよ。そいつがジギタリス達に殺されたからそう思っただけだ!」 語気を荒げるが焦りが男の口から真実を洩らしてしまう。 「僕は別にジギタリス達と関係があるとは言ってないけど? 」 トウキの情報を探すにつけて週末信仰教団関係を当たれとは言ったが、ジギタリス達がトウキと関係があるとまでは教えていない。 ましてジギタリス達と何処かの終末信仰が関係しているとも―。 デリスさえ知らなかった事をこの男は何故知りえたのだろうか。 「それに死因も凶器も特定出来なかったって言ったのは君だよ?」 嘘は剥離(はくり)しやすい。嘘だけで真実を創り上げようとすれば簡単に剥がれ落ちてしまう。 「・・・・っ! 」 偽りの言葉を暴かれた男は苦々しく口を曲げる。 「何で君が知ってるの? 」 低く、刺すような声で銃を構える。 「言いなよ 」 硬質な音が路地裏に響く。安全装置を外してトリガーに手を掛ける。 「分った。言うよ。俺は何より自分の命が惜しいんでね」 諦めたように両手を挙げるとセンタイは再びにやけた笑みを浮かべる。 「たしかに俺はアンタらがジギタリス達と一戦交えたのも、連中が終末信仰と関わっているのも知っていた 」 「それがトウキ君と関係ある事も? 」 「ああ。知ってた。理由は分らないが連中はその子供を血眼になって探してる 」 「あの能力(ちから)を持つから? 」 「? さあな。だが教団のトップが探すよう命じたらしい。まあ、どのみち殺すつもりだろうがな 」 ダツラは冷たい目で男を睨むと胸倉を掴み銃口をセンタイのこめかみに当てる。腹の中に沸いた苛立ちが彼を突き動かす。 「いいのか?こんな悠長な事していて 」 「・・・・どういう意味? 」 「以前の件で教団はアンタらに狙いを定めた。釣る魚が分れば餌のまき方も分るだろ?」 冷たい衝撃が背中を突き抜ける。 だとすれば今回の依頼その物が教団の仕掛けた罠だと言うのだろうか。 相変わらずセンタイはにやけた笑みを浮かべていたが、ダツラの辿り着いた結論が真実である事を語っていた。 「っっ! 」 センタイを突き飛ばすようにその場から離れると一気に路地裏を駆け抜ける。 罠があるのならば罠ごと破壊すればいい。 けれどもそれさえも見透かされて手を打たれていたら? 言い知れぬ不安がダツラの足を急がせた。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!