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第12章~歪なメヌエット(前)~
「はあ・・・・ 」
「・・・・・ 」
デリスの深い溜息が広い通りに響く。
猫の飼い主を探し始めて早一時間。人通りの多さとは逆に得られた情報は皆無だった。
これだけ探しても見つからないという事は首輪を付けられたまま捨てられたのか、それともこの猫の飼い主自体が消されてしまったのか、
いずれにしても時間の経過と共に、物事と言は悪い方向へ向かって行くのが世の習いだ。
「俺が探してやるから・・・・んな顔すんなよ 」
胸の内に湧いた言葉を飲み込んで不安そうにこちらを見るトウキを小突く。その言葉はどちらかといえば目の前の小さな迷子に言い聞かせているようだった。
(デリスさん)
そう言われてもトウキの心配は拭えない。
猫の飼い主を探し始めてからというものデリスの行動がおかしいのだ。
歩きながら幾度と無くこちらの方を見詰めていて、それでいて目が合うと直に逸らしてぎこちなく先へ行ってしまう。
(ごめんなさい)
自分の我儘な願いに彼は無理をして付き合ってくれているのだ。思いを伝えられない事の歯痒さ、前は気になら無かったのに此処最近はそれが強く心に引っ掛かる。
「だからそんな顔すんじゃねーって言ってるだろ! 諦めんな!」
デリスが大声と共にトウキの手を掴むと早足で歩き出す。
(・・・・・諦めない)
沈みかけていた心が浮き上がる。歩幅が合わずに小走りになりながらもトウキはその手を小さく握り返していた。
「ぜっ・・・・・はっ・・・・ 」
それから30分、勢いに任せて捜索を続けるも結果は同じだった。疲れ果てた2人は舗装された川縁に崩れ落ちる。既に目の端に映る空は薄紫色に変わり始めている。
「・・・・・・・」
乱れた呼吸を整えながらトウキはデリスの懐に居る子猫に目をやる。
か細い希望―
届かない願い―
広がる暗闇―
もう諦めるしか無いのだろうか、諦めるしか・・・・・
「ッテメ!勝手にあきらめてんじゃねー!! 」
怒鳴り声に驚いて顔を上げるとダークブラウンの瞳が真っ直ぐにトウキを見ている。
「前の飼い主が見つからねぇなら新しい飼い主探してやるっ!だkら・・・テメーは・・・っっ!! 」
激昂に駆られながらデリスは自分自身に驚いていた。こんな風に誰かに対して感情を揺さ振られたのはいったい何年振りだろうか。
「俺を信じろ」
一条の光の様にその言葉は真っ直ぐにトウキの心へと突き刺さる。
強 かに鼓動が早くなり体が熱くなる。白い頬が薄紅に差していったがそれは西日に当てられた所為では無かった。
「信じろ 」
トウキの前髪を梳 いながらデリスはもう一度そう言う。
(デリスさん・・・・)
何故だろうか、強く打ち続ける鼓動とは逆に不安は、満ちてゆく暖かさに溶けてゆく。そこでようやくく自分が励まされているのだと気付く。
(ありがとうございます)
素直な想いと共に微笑む。嬉しい筈なのに何故か目尻が熱くなる。
「別に・・・・礼言われるような事しちゃいねーよ」
気恥ずかしさを隠すようにデリスは視線を逸らしてしまう。
(あ・・・・・)
伝わった?
驚きで鼓動が更に速くなる。言葉が無くても声が失われてしまっても此の想いを彼は理解してくれた。驚きと嬉しさに大きく見開いた瞳でデリスを見る。
「なめんなっ!それくらい俺でも分る! 」
苛立ち紛れにトウキを指差してデリスは怒るが、それでも鼓動は大きく高鳴る事を止めない。
「・・・・・」
溢れ出る嬉しさに素直な笑みがこぼれる。
(だから・・・マズいだろ!・・・・その顔は)
顔を赤くしてしかめるデリスをトウキは不思議そうに見る。
デリスは躊躇うように一度俯くとトウキの両肩を強く掴む。
「その・・・・・・だから・・・・・!」
真っ直ぐにお互いの瞳を見詰め合う形になる。
「これは・・・」
(あ・・・・れ?)
何故だろうか、頬がゆっくりと熱くなっていくのが分かる。
ダークブラウンの瞳を見詰め続ける事が出来ずに強く瞼を閉じるが、触れる空気でデリスの顔が傍まで来るのが感じられた。
「俺がお前をす」
「にゃあ!」
割って入った甲高い声に驚いて眼を開くと、懐に居るのに飽きた子猫がデリスの頭に登って遊んでいる。
「・・・っ!」
「なっっ! 」
掴み掛かろうとするデリスの手を子猫は器用に避けていく。
「く~そ~ね~こ~!! 」
「にゃっにゃにゃ」
その光景に緊張の糸が解けたトウキは思わず吹き出してしまう。
「笑うな!」
ふて腐れた子供のように睨むが、子猫が頭に居ては今一つ凄みが足りない。
「ったく 」
頭を引掻きながらトウキをデリスは見る。
屈託無く笑うその笑顔は遠い日々を思い出させる。それは何時も彼を苛む記憶では無く暖かい思い出だった。
「悪かったな 」
そう言って不思議がるトウキの頭を小突く。一時とは言え自分はこの少年を疑っていた。自分が何者か分からずに一番苦しんでいるのはこの子自信だろうに。
「にゃあ!」
不意に、デリスの髪を引っ張って遊んでいた子猫が顔を上げると護岸の上へと駆け出していく。
「あっ!おいっ! 」
「なー」
追い掛けようとしたデリスが見上げるとそこには茶トラの、毛足の長い猫がこちらに歩いて来る。
「にゃっ!」
駆け寄った子猫が、嬉しそうに体を摺り寄せると親猫はその毛並みを舐めて整える。
(良かった・・・・)
その姿にトウキは安堵の笑みを浮かべる。
ちゃんと待っていてくれる存在があったのだ。
「はあ・・・・ 」
溜息を付きながらも不思議と嫌な気分は無かった。
「お前にも居るだろ。お前の事を探してるヤツが 」
胸中に溜めていた言葉をデリスは小さく吐き出す。
「お前のも俺が見つけてやる。だから・・・・」
そこまで続けたデリスは驚きに言葉を飲み込む。目の前に居るトウキは顔を歪め、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべている。
「っおい!どうしたんだよっ!? 」
慌てて崩れ落ちそうになる肩を掴むが。分からない。自分の何が傷付けてしまったのか。
(ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・)
強く頭を振りながらトウキはそう心の中で何度も叫んでいた。
自分に待っている存在などいない。
優しく投げ掛けられた言葉が刃となって突き刺さる。こんなにも彼は自分の事を心配してくれているのに、自分はその彼に嘘を付いて騙している。
「よかった!2人とも・・・」
切羽詰った声に顔を上げるとダツラが走って来るのが見える。その様子には彼らしく無い焦りが見えた。
「っ!!」
理由を問い質すよりも先にデリスは自分達に向けられた多くの殺気に気付く。トウキを背後に隠すと剣を下段に構えた。
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