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第13章~disperazione oratorio(前)~

 「お父様・・・」 もう一度そう呟いても未だ信じられない部分があった。 『創造主ハンゲ』  目の前の人は神と呼ばれる存在であり自分を創りだした父なのだ。 青年、ハンゲはゆっくりと身形を整えビロードのローブを肩に羽織るとトウキの方へ向き直る。 「っ!」 恐怖が畏怖へと変わる。 自分は神に背いた堕天使、粛清を受けるべき異端者。 反射的に身構えるが、自分ではどうする事も出来ない絶望と覚悟が体内に去来する。 「お帰り。私の可愛い末の天使」 投げ掛けられた柔らかな言葉と声に、きつく瞑っていた目を恐る恐る開く。 先程から何一つ変わらない笑みで見詰めているハンゲは、その存在を確かめる様に細い指の関節でトウキの頬や頭を撫でていく。 「分っただろう。子の地に降りてヒトの愚かさと醜さが。そして彼等が何を望んでいるのか 」 憐みの瞳で言い聞かせるように、ハンゲはゆっくりと言葉を落としてゆく。 「その傷。それもヒトにされたものだね」 首筋をなぞっていた指が白く痕の残る場所で止まる。 その言葉にトウキは再び息を呑む。知っているのだ、何もかも。 執拗なまでに指は傷跡を何度もなぞる。 「私の可愛い天使。もう傷付かないでいい」 終焉(おわり)にしようー そう囁かれて強く抱き締められる。 (お父様) その言葉は子守唄のようにトウキを落ち着かせ、微睡みを与えてゆく。 神に背いた自分を許してくれるのなら― もう傷付かないでいられるのなら― お父様の望み通りに― 全てを委ねようと開いた瞳にネックレスのチェーンが見えた。 最初に着けていたものよりも少し長い鎖。 (デリスさん・・・・・!) 記憶が止め処も無く溢れ出す。 デリスとダツラに出会った時の事、暗闇で手を引いて導いてくれた事。 大切な事も取り留めの無い事も全て甦って来る。 ―勝手に諦めてんじゃねー!!―  記憶の狭間から息を吹き返したその言葉がトウキを覚醒させ思考を取り戻させる。 生きて欲しいと願った。消えないと誓った。 諦めない― 「っっ! 」 自分でも信じられなかった。 渾身の力でハンゲを突き飛ばすとトウキは立ち上がっていたのだ。ハンゲが不思議そうに見詰めているがそれでもトウキはしかりと首を横に振る。 諦めたくない。 たった一人でも生きたいと望む人が居る限り、生きて欲しいと願う人が居る限り終焉は齎したく無い。 (それが・・・・僕の願い・・・) 対峙するトウキに驚くでも怒るでも無くハンゲはゆっくりと立ち上がる。 「・・・・分った。もう少しだけ時間をあげよう。全てが整うまでにはまだ時間が必要だから」 そう言うとハンゲはその姿を、陽炎の揺らめきの様に消してゆく。 (お父様っ!) 「でも何れ気付く。この世界の愚かさに 」 そう言ってハンゲは笑みを浮かべる。 「忘れないで君は終焉(おわり)を齎す天使」 美しく、そしてぞっとする程冷たい笑み。 「君の正体を知ったらヒトはどう思うかな」 その言葉を最後にハンゲの姿は完全に消え失せてしまった。 (お父様・・・・) 静寂の戻った室内にトウキは1人焦燥感に明け暮れていた。  伝えられなかった? どんなに強く決意してもお父様には子供の我儘にしか聴こえないのだろうか。 (でも・・・!) 確かめる様に匣形のペンダントを強く握る。終焉を齎す力はまだここにある。 トウキ自信に匣を開かせる事がハンゲの思惑なのだろう。 (この匣は・・・終焉は齋さない!絶対に) 例えその結果が神の怒りを買い、彼の元に戻る道を永遠に失うとしても。 「っ・・・・!」 別離を決意したトウキの腕を後ろから伸ばされた手が掴み捕ろうとする。 紙一重でその手を避けたトウキは向き直りその相手と対峙する。 「・・・・! 」 瞳が相手を捉えると怯えと怒りが同時に身体を駆け巡る。 赤いメッシュを入れた髪と筋肉質な体、トウキを此処へ連れて来た男ジギタリスが見定めるように立っている。 誰だかは分らないが、見ればその後ろにもう二人、男が立っている。 「相変わらずの警戒心だな 。オレ達は一応身内なんじゃないのか? 」 震えを隠しジギタリスを睨みつけるトウキを無視して男は近付いて来る。 「だがな、知っておいた方が良いぜ。ウサギ如きが噛みついてもどうにもならないってな 」 言葉と共に発せられた殺気に間合いを詰められ、追い込まれる様に後退させられる。 相変わらず白金の針は何の反応も示さない。けれどもここで諦める訳にはいかない。 「っ! 」 ジギタリスの喉下に殴り掛かるが簡単にその手首を捕まれてしまう。 「で、次はどうするんだ?」 捕まれた手首を強く握られ痛みが走るが、それでもジギタリスの脇腹に蹴りを放つ。 だがその攻撃も容易く避けられてしまい、反動でトウキの身体はバランスを失ってしまう。 「・・・・っ 」 どうにか体勢を立て直すが力の差は歴然として見えた。 経験も体格も、何より自他の命など羽よりも軽んじている相手なのだ。 (諦めないです) 例え相手が誰であろうとも必ず此処から逃げ出してみせる。 もう一度2人に逢いたい。その想いがトウキを突き動かす。 「っ!!」 再びジギタリスに殴り掛かる。 「またか・・・」 呆れるようにそう言ったジギタリスが、再び掴もうとしたトウキの手から閃光が放たれる。 「なっ!」 眩しさに怯んだジギタリスの懐に躊躇わず飛び込むとトウキは肘に渾身の力を込める。 「・・・・っぐ 」 予想外の力にジギタリスがよろける。 閃光の力―  天使に授けられた能力の一つで、目くらまし程度の力しか無いが堕天使の能力が使えない今のトウキにとっては十分に役に立つ。 この隙に―

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