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第13章~disperazione oratorio(後)~

(頼むぞ!) 自分にはトウキを助ける術が無い、何よりも目の前の男を野放しにする訳にはいかない。 扉へと駆けるダツラをジギタリスは冷たく見詰める、どうやら興味は既にトウキから逸れているらしい。 「また死ぬか?」 ショットガンを肩に担ぎ向き直ったジギタリスは嘲笑う。 男はデリスが生きている事に驚きはしない、トウキの能力を知るが故だろう。 「その前にテメーは俺が殺す!」 言葉と共にデリスが斬り掛かる。 切っ先をかわしたジギタリスが銃弾を浴びせる。 その攻撃をデリスは刃で防ぐ。金属のぶつかる高い音が室内に響き、踏鞴(たたら)を踏んだままデリスの体は後方へ引き摺(ず)られる。 だが今度は剣が折れる事は無い、白銀の刃は煙を纏いながらもその姿を留めている。 「テメーのチンケな豆鉄砲はもう効かないぜ 」 素早く間合いを詰めたデリスが、今度は確実にジギタリスの胸元を切り付ける。 「チッ! 」 痛みに怯むでもなく舌打ちしたジギタリスがデリスの脇腹を足で振り払う。 「ぐっ 」 鉄の仕込まれた靴先がみぞおちに入ると、デリスは再び後方へと飛ばされる。 「ハァ・・・・・ハァ・・・・・! 」 体勢を立て直すと部屋の端と端に対峙する形になる。 ケイガイと同じだ。ジギタリスは痛みを表に出す事も無く、それどころか相手の攻撃をわざと受けて反撃して来る。 「クソッ!傀儡がよっ!!」 睨んだデリスが吐き捨てるように言う。 終末信仰を信じた末路。 こんな時だと言うのに記憶の梢が揺れる。 「傀儡?オレはオレの意思であの御方に仕えてんだ」 薄ら笑いを浮かべジギタリスは反論する。 「操られてる事も気付かねーなんざ、お笑いだな。テメー達全員、良いように指先の一部にされてんのに 」 再びデリスはそう吐き捨てる。消そうと藻掻く程、梢は激しく揺れていく。 「クッ・・・・アハハハハ・・・・・・! 」 「!? 」 突如としてジギタリスが笑い出す。 「何の事かと思えば。アイツ等と一緒にするなよ!オレはクスリなんざ使っちゃいない 」 唖然とするデリスを余所に楽しそうに語り出す。 「痛みも死も、あの御方の前では全てが無意味だ」 天を仰ぎ陶酔するが如くジギタリスは続ける。 「全てを凌駕(りょうが)したあの御方ならその先すら与えて下さる」 「・・・世迷い言だな 」 ジギタリスとは反対にデリスの頭は冷えてゆく。 人の多くは死後どころか死ぬその瞬間すら分からずに死んでゆく。死んだ後、そんなものに今を委ねるのは諦めに他ならない。 失敗を繰り返し『次こそは』と考えるのと何ら変わりはしない。ただ『次』までの距離の違いが遠いか近いかの差でしかない。 「だからオレはあの御方に従う。あの御方の創る世界を見る為に。全てはあの御方の望むままに 」 同情すら沸かない。クスリなど使わずとも目の前の男は完全に狂っている。 「お前も分るだろう。あの御方の力を前にすれば。終焉が訪れる事も、それに(あらが)う者が罰を受ける事も。全てが正しいという事に 」 「それだけの・・・・ 」 (うめ)く様な声がデリスから漏れる。寒さからでも怯えからでも無く剣を持つ手が震える。 「それだけの為にアイツをあんな目にあわせたのかっ!!! 」 常人ならば立っている事すら出来ない程の怒気と共にデリスは叫ぶ。 正しければ何をしても許されるとゆうのか― 正義だからその行動に疑念は無いのか― 唯それが正しいと言う理由だけで、あの熱も微笑みも奪われ今も命の灯火すら消えそうになっているのか。  切っ先をジギタリスに向け納まらない怒りのまま切り掛かる。 「フッ」 (あざけ)りの声を洩らしたジギタリスがショットガンを構える。怒りに我を失い隙だらけの相手など最早敵では無い。 銃弾の束がデリスに向けられる。 「何っ!」 向けられた筈の銃弾をデリスは寸での所で避け間合いを詰める。何度攻撃をしてもデリスは紙一重で避けていく。 これが時世に合わず剣で生きていた男の実力だというのだろうか。 「くたばれっ! 」 反射的に撃たれた銃弾が肩を(えぐ)るが、怯む事無く至近距離から剣を薙ぎ払う。 振り払われた刃が今度は完全にジギタリスの体を捉える。 「カハッ・・・・・ 」 口からも、体からも血が(あふ)れだしても尚ジギタリスはデリスに向い銃を構える。 「やっぱり殺しておけばよかったぜ・・・・・テメーも・・・アイツも・・・・ 」 そう言うと引き金を掛ける手に力を入れる事無くジギタリスは地面へと崩れ落ちていった。 室内に静寂が訪れる。間近で切り付けた所為でデリスは返り血を大量に浴びていた。その臭いが記憶の梢を揺らし続ける。   これは自分の血では無い、トウキのものでも、ましてやあの子のものでも―    いくら押さえつけようとしてもノイズの様に『あの日の』記憶が漏れてくる。長く深く仕舞いこんでいた反動で、それは傷ついた肩よりも深く激しくデリスを切り裂いていく。 「っく・・・・! 」 額を押さえ(うずくま)る。漏れ出そうになる声を押し殺しデリスはしばらく動けずにいた。 僅かに聞こえる呼吸音がそのまま、か細い希望の様に見えた。 跳躍に近い速さでダツラは階段を駆け上がる。 ヒトと違い体力を消耗する事は無いが腕の中で眠るトウキに負担を掛けないよう注意を払う。 ホールの様に開かれたフロアまで辿り着いた時、自分の物では無い足音にダツラは身構える。階上からその足音は響いて来る。 「だから言ったろ。その子供を連れ回すのは危険だと 」 そう言って現れた相手は見覚えがあった。だが、だからと言って味方と言う訳では無い。 「ああ。そう言うこと」 冷たく静かにダツラは目の前の男、センタイに向けて言い放つ。 別段驚く事でも無い、あれだけの情報を短期間で調べ上げられたのもこの教団の信者なればこそ。 ましてや己の命を何よりも惜しいと考える相手ならば当然とも言えるだろう。 「俺は人一倍、死ぬことに対して臆病でね」 「別にキミの言い訳なんか聞く気はないよ?」 殺気と共にダツラは言葉を切り捨てる。だがセンタイは地上へ続く唯一つの階段から動く気配は無い。 「だから俺はあの男に付き従う 」 「ジギタリス?それとハンゲだっけ? 」 殆どの人間が顔を見た事の無い教団のトップ、だが今は構っている暇は無い。この男にも。 「ああ。だから俺は死を避ける為なら何でもする。お前等を罠に()める事も。その子供を犯す事も」 「・・・・・! 」 何気無く吐かれた言葉だったがそれだけで十分だった。それにこの男はどう脅してもその場所から退く気は無いようだ。 「ゴメンね」 そう囁き抱き締める腕に一度強く力を込めると、床よりも一段高い場所に(うやうや)しくトウキの身体を横たえる。 「直ぐに終わらせるから! 」 そう言いホルダーから2丁の銃を抜くとセンタイに向け構える。銃口はどちらも外す事の無い急所の位置を捉えている。 「2丁銃か・・・・ 」 苦々しくセンタイが呟く。 オートマチック銃は元来一度撃つと銃身が上がってしまい一瞬隙が出来る。だがその隙をもう一つの銃でダツラはカバーしているのだ。 片方の銃が作り出す空白の時間は0.5秒、その間にもう片方の銃が迎撃を行う。 まさしく精密なアンドロイドにしか出来ない芸当だ。  だが― 「銃弾、残ってるのか?」 先程の襲撃で銃創は空になっている事は分かっていた。 意識が戻って直に此方に向ったのだとすれば、どこかで再装填する時間は無かっただろう。 「1発だけなら 」 静かにそう答えたダツラにセンタイは驚いた表情を浮かべる。流石と言うべきだろうか。 「そうか。じゃあ充分だな」 怯みながらもそう笑みを浮かべたセンタイが言った言葉は、嫌味からと言うわけでは無いらしい。此方も取り出した銃を構える。 「っ・・・! 」 見覚えのあるその銃を見て宵闇の湖面の様な瞳が見開く。 持ち主の心臓に埋められた発信機とその銃は連動しており、持ち主が死に値する衝撃を受けた時自動的に銃弾が発射されるようになっているのだ。 銃口はダツラの後、トウキの頭に狙いを定められている。 「なる程ね。キミらしい姑息な手だ 」 一発しか無い銃弾。 例えダツラがその一撃で仕留めてもセンタイの自動的に銃から放たれた銃弾は確実にトウキを死へと誘う。 急所を外したとしても結果は変わらない、今度はセンタイ自らの意思で引き金を引くだろう。 復讐を恐れた男の苦肉の策とも言える。 「お互いに悪い話じゃ無いだろ?銃を捨てろ 」 「・・・・・・・・・・」 しばらくお互いに睨み合っていたが不意にダツラは銃を持ち上げると、最後の一撃を天井に向けて放った。 「・・・・満足・・・・? 」 スプリンクラーの間近に銃弾は当たったのだろう、降り注ぐ雨の様な水が二人の男を濡鼠に変えてゆく。 「・・・・・・・」 無言で首を振るセンタイにダツラは溜息と共に肩を竦(すく)める。 どうやら銃がダツラの手から離れるまで油断は出来ないらしい。 躊躇(ためら)い無くダツラは銃を投げ捨てる。手から離れた銃はそれぞれの方向に金属の床を滑ってゆく。 「・・・・グハッ! 」 ほんの一瞬の出来事だった。投げ捨てられた銃にセンタイが気を取られた瞬間、その男を知る人間なら予想外とも言える出来事だった。  一瞬で間合いを詰めたダツラはセンタイを殴り飛ばしたのだ。 成人男性と同等の体重を持つアンドロイド、その殆どをまともに食らったセンタイの体はそのまま吹き飛ばされる。 だがそれでは終わらなかった― 「グッ・・・・アアアアア・・・・!!」 断末魔と呼ぶに相応しい絶叫が響く。 叩きつけられた先には(むき)き出しの配電盤が収められていたのだ。水に濡れた体は電流の走りを増長させる。 「アアア・・・・・ 」 生命活動の本能的な抗いなのだろう。徐々に意識も、絶叫も途絶えていく。 「キミの所のでしょ。返すよ」 センタイの口を押さえつける様に、もう一度殴りつけたダツラの手から藍色の粉が舞う。 「グッ!! 」 気絶などと言う逃げ道は与えない。地獄の淵に足を掛けるその瞬間まで苦しみ続ければいい。 センタイの体を押さえつけている為、電流はダツラにも伝わってくる。 それはアンドロイドと(いえど)も致命傷に成りかねない程の物だった。 自分が壊れればトウキが助かる術は無くなるかもしれない。けれども腹の奥から沸き立つ感情がそれを掻き消していった。 音を立てて降り続ける雨は夜を一層深くしている気がした。  薄暗いモーテルの一室でデリスは壁に(もた)れて窓の外を見ていた。 いや、窓の外を向いているだけでその視線はどこも捉えてはいない。 教団からの追っ手の目を眩ます為、地下から此の場所まで辿り着いたのは夜半もとうに過ぎてからだった。 「・・・・・! 」 地続きの部屋からダツラが出て来る。ようやく治療を終えたようだ。 「もう平気・・・今は眠っているけど、じきに目をさますよ・・・・ 」 ダツラはそこで口を閉ざすが、その言葉の続きはデリスにも理解出来た。 身体に受けた傷以上に心に受けた傷の深さは計り知れない。お互い無言のまま擦れ違いデリスはドアを開ける。   ベッドの上に横たわるその身体は至る所に包帯が捲かれている。あれだけの行為を受けたと言うのにその姿は何所と無く神聖な感じを受ける。  傍らに崩れる様に座るとその手を握る。 「・・・俺の所為なのか?・・・」 答えは返って来なくともそれは明白だった。自分達の傍に居た所為でこの子はこんな目にあったのだ。弱者が餌食になるのは分かりきっていたのに。 「もういい・・・充分だ・・・・」 目が覚めてもこの少年は自分を責めず、恨む事の無い瞳で見詰めるだろう。 そんな相手に今更何をしてやれると言うのか。 護る事も慰める事も出来ない。自分の無力さは叫びを上げる程理解した。 「これで終いにしよう 」 秘めていた決意をそう口にする。 元々1人だったのだ、誰かと(つる)んでいる事の方がおかしいのだ。 後はあの男に託そう。信用は足らないが、少なくとも降りかかる危険を回避するだけの器用さは持っている。 「・・・・あ・・・ 」 立ち上がったデリスの上着から(こぼ)れ落ちた物を見て彼の声が洩れる。  小さなペンダントヘッド、何時だったか付いていたチェーンをトウキに渡した時に仕舞いこんでいたのだ。 「・・・こんなモノがあるから・・・・」 (すが)ってしまうのだろう。人の温もりや微笑に。 自分は近付く事さえもう(ゆる)されないと言うのに。 「・・・・じゃあな」 ペンダントヘッドを小さな手に握らせると、デリスは振り向く事無く闇の中へと消えて行った。

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